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ネクストジェン王者ティエンを育んだ“壮絶な家族史”。戦火を逃れた両親の思いと受け継がれたテニスのDNA<SMASH>

ネクストジェン王者ティエンを育んだ“壮絶な家族史”。戦火を逃れた両親の思いと受け継がれたテニスのDNA<SMASH>

先日行なわれた20歳以下の男子テニスシーズン最終戦「ネクストジェンATPファイナルズ」(サウジアラビア・ジェッダ/室内ハードコート/FIN)で優勝を飾った世界ランキング28位の期待の新鋭、ラーナー・ティエン(アメリカ/20歳)。ベトナム人である彼の両親は1950年代から70年代にかけて続いた同国内での戦争により、アメリカへの移住を余儀なくされた壮絶な過去を持っている。

 先日米テニス専門チャンネル『Tennis Channel』が公開したドキュメンタリー映像でティエンの両親は、自身らの若き日の人生やアメリカ移住の経緯について赤裸々に語っている。二人が出会ったのは米カリフォルニア州アーバイン。テニスがきっかけで知り合い、その遺伝子は子どもたちにも受け継がれていった。

「私たちは多くの人たちよりも恵まれていました。ベトナムから飛行機に乗って、無事アメリカに到着できたからです」と父親のクオン氏は過去を振り返る。一方で母親のフエン氏は移住に際して、全く異なる体験をしていた。

「飛行機でアメリカに到着した彼(クオン氏)は幸運でした。私はというと、船で来たのです。10日間航海し、その途中で何度も海賊に遭遇しました。とても悲惨な経験でしたし、人が亡くなるのを目の当たりにもしました」

 アメリカに定住し、大学へ進学した後、二人は運命に結ばれた。クオン氏は当時をこう回顧する。
 「共通点が多かった妻とはテニスコートで出会いました。私はテニスコーチとして仕事を得て、夜に大人向けのクラスを教えていました。当時、彼女は記者の仕事をしていて、ある年齢層の男性にインタビューする必要があったのですが、私に声をかけてきて、それを引き受けました。私たちの子どもがテニスをしているのも、それが関係しています」

 両親が最初のコーチで、幼い頃からラケットを握って育ったティエンにとって、テニスはずっと「生活の一部」だった。クオン氏曰く息子はジュニア時代から抜きん出た存在だったが、すぐにはプロに転向せず、「心身の成熟を図る」ために短期で大学に通い、着実に成長。そうしてツアーに本格参戦し、今や将来を嘱望される若手選手の一人となった。

 両親は、厳しい世界で目覚ましい活躍を遂げている息子を誇らしく見つめている。その上で自身らが歩んできた道のりを「誇りに思います」と表現しつつ、「移住してからは、一度もベトナムには戻っていませんが、私たちのルーツがどこなのか、そして今の生活を送るまでにどれだけ戦ってきたのかを見せるべく、いつかは必ず戻りたいと思っています」と内に秘めた“故郷への思い”を明かした。

 度重なる苦難を経ての家族の物語は、ひとまずは幸せな結末を迎えた。だがそのバトンを受け取った息子の未来は、まだ始まったばかりだ。

文●中村光佑

【動画】ティエンVSブロックスの「ネクストジェンATPファイナルズ」決勝ハイライト

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配信元: THE DIGEST

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