
プレミア強豪から2戦連発でも…なぜ昨季MVPの日本代表MFは先発で起用されないのか。ファンからの人気は相変わらずだが「フィジカル不足」を指摘する声も【現地発】
12月20日。リーズ・ユナイテッドの本拠地エランドロードは満員だった。
試合前からサポーターのボルテージが非常に高く、熱くなっているのが伺えた。休暇を取る人が増えるクリスマス前の最後の試合。20時にスタートするナイトゲーム前に酒を煽って頬を赤らめながらスタジアムを訪れたファンたちの興奮度は、すでに最高潮近くまで上昇しているようだった。
大声援に包まれてキックオフしたこの試合、ホームチームのスターティングイレブンには田中碧の名前は含まれていなかった。今月に入ってからチェルシー、リバプールとの両試合で連続得点を挙げるなど注目を浴びていた背番号「22」だったが、前節のブレントフォード戦ではインパクトを残せずに途中交代を強いられた。
その試合後、地元紙ヨークシャー・イブニング・ポストは日本代表MFにチーム最低となる4点を与え、同紙で番記者を務めるグレーム・スミス氏は「レイジーな場面もあるなど、酷かった」と低評価をつけていた。
迎えたクリスタル・パレス戦。田中がスタメンを外れたこの試合で、リーズは積極的なプレスからガツガツと相手に当たり、空いたスペースを埋めていく。激しいプレーからのショートカウンター、加えて隙を見てはディフェンダーやゴールキーパーのルーカス・ペリが一気に前線へロングボールを入れる作戦を取っていた。
11月下旬のマンチェスター・シティ戦。2-3と惜敗した試合で、後半から流れを掴むことにつなげたのが、3-5-2(守備時には5-4-1になる)をベースにしたこの戦術だった。以降、ダニエル・ファルケ監督は今月に入ってからもこのフォーメーションを継続しており、5日のチェルシー戦を3-1で制すると、翌節の昨季王者リバプール戦も3-3の引き分け。さらに前節も終盤に引き分けに持ち込むなど、上位チームとの連戦を含む年末の難しいフェーズの中で、勝点5を積み重ね一定の成果を見せていた。
肉弾戦を積極的に取り入れ、ある種“力業”をベースに優勢に持ち込むスタイルである。通常、ポゼッションフットボールを“善”とするホワイツサポーターだが、「負け続けて降格するよりはマシ」とばかりに、新たなプレースタイルを受け入れているのが分かった。
パレス戦も同様で、優勢に試合を進めるイレブンの姿を目の当たりにしたファンの熱気とともに、12月の寒空ながら、スタジアム内の温度も高くなっているようだった。
大声援を背に序盤からペースを掴んだリーズだったが、前半途中まではパレスの攻撃陣、特にジェレミ・ピノ、ジャン=フィリップ・マテタ、エディ・エヌケティアの連携によるクイックカウンターに苦しめられる場面が見られた。しかし連戦で疲弊しているのが明らかな相手の攻撃をしのぐと、その後リーズがボールを支配する時間帯が次第に長くなっていく。だが決定機がなかなか訪れず、筆者は「こんな状況でこそ田中が力を発揮できるのではないか?」とやきもきしていた。
ところが38分、キャプテンのイーサン・アンパドゥのロングスローのこぼれ球を今季から加入したエース、ドミニク・キャルバート=ルーウィンが押し込んで先制。さらに前半アディショナルタイムに、再びアンパドゥのロングスローをつなげて最後はキャルバート=ルーウィンが頭で沈めてこの日2点目。リードを広げて後半を迎えた。
後半になると一方的にホームチームが押し続け、中盤で田中とレギュラー争いをするアンパドゥとアントン・シュタッハもの2人もゴールを決めた。また、試合後にファルケ監督が名指しで褒めちぎったのがブレンデン・アーロンソンだった。田中に代わって出場した背番号「11」をつけたアメリカ代表について、指揮官は次のように話している。
「今シーズンのパレスは非常にコンパクトで、それをこじ開ける解決法を誰も探し出せていない。さらにトランジションも素早く、とても危険なチームだ。そこで我々は守備はバックファイブで、ポゼッション時はバックフォーでプレーした。アーロンソンには試合前にこう告げていた。『キミはプレミアリーグで唯一、90分間で15キロメートル走れる選手だ。今日の試合では、その走力が必要なんだ』とね」
そして「重要な勝点3であり、(4-1の勝利は)得失点差の観点からも重要だった」とドイツ人監督は締めくくり、最後は集まった記者にビールを振る舞うほど上機嫌で会見を終えている。
昨季、田中は当時2部リーグにいたチームに加わった。シーズン序盤は出場機会に恵まれなかったものの徐々にフィットしていき、瞬く間に主戦メンバーに成長、終わってみれば不動のレギュラーに定着した。そしてクラブの最優秀選手賞に輝くパフォーマンスで、名門クラブをプレミアリーグへの返り咲きに導いたのだった。
しかしながら、今季はシュタッハ、さらにショーン・ロングスタッフの加入もあり、ここまでリーグ戦の先発出場は7試合(17戦中)に留まり、合計出場時間はわずか637分。限られたチャンスで結果を求められる状況に陥っている。
大車輪の活躍を見せた昨シーズンに比べて、今季の田中は安定感を欠いているのは確かだ。それでも、前述のとおりここにきて重要な試合で連続を決めるなど、存在感を示し始めている。ファンからの人気は相変わらずで、パレス戦でも前半途中にピッチサイドでウォーミングアップを始めた際には、スタジアムの一角から“田中チャント”がこだました。
一昔前のアメリカのパンクパンド、ラモーンズの代表作とも言える「Blitzkrieg Bop(ブリッツリーグ・ボップ)」の歌詞の一部、「Hey Ho Let’s Go」にあやかった「A、O(エイオー=碧)レッツゴー!」が聞こえた。直後には、英国のスタジアムで頻繁に聞かれる「テキーラ」のメロディーに重ねて「タナカ!」のシャウトが続いた(ちなみにブライトンのファンが三笘のチャントとして使うのも、このテキーラである)。
パレス戦前、先発メンバー発表直後にリーズのファンサイトを覗くと「ファルケ監督はなぜ田中でなく、アーロンソンを使うのか?」というコメントが数多く見られた。その大部分が「アオのクリエイティビティが必要」と好意的な評価が多かった一方、「プレミアリーグで戦えるほどのフィジカル、力強さが不足している」「トップレベルでプレーできるスタミナがないのでは」とネガティブな捉え方をした内容も少なからずあった。
しかしながら、記述のとおり、指揮官の采配は見事に当たり、労を厭わないアーロンソンの精力的な仕事ぶりはマン・オブ・ザ・マッチ級のパフォーマンスとして称えられた。さらにアンパドゥはロングスローから2得点を導き出し、守備でも闘志溢れるタックルを幾度も披露。抜群のリーダーシップに加えて、自らもゴールを記録してチームを引っ張り、勝利への扉をこじ開けた。
3点目となったアンパドゥのゴールの際には、コーナーフラッグ付近でウォームアップをしていた控え選手もゴールセレブレーションの輪に加わって喜んだ。田中もガッツポーズをするなど、笑顔を弾かせていた。一方で、ダメ押しの4点目はシュタッハの鮮やかなフリーキックから生まれている。気づけば、田中がレギュラー争いをする3選手が軒並み活躍して呼び込んだ快勝だった。
シーズン5勝目を挙げたリーズの勝点は19で、16位(17節終了時点)に位置している。英語でいう“Dog Fight(ドッグファイト)”、すなわち泥臭い厳しい戦いが必要とされるこの状況下においては、田中のより洗練されたプレーよりもこの日活躍した3人のようなタイプが好まれるのは非常に分かりやすい構図である。
と同時に、ひいき目に見ても、今季の田中は安定したパフォーマンスができていないのも確かだ。ローテーションで起用されるのは仕方ないことなのかもしれない。だからこそ、出場機会を与えられた際に実力を出し切るしかない。正直、パレス戦での彼には物足りなさを感じてしまった。すでに勝利が決まった展開の77分からの起用であるため、多くを求められなかったことも確かだ。それでも精一杯ピッチを走り、ボールを追いかける姿が見たかった。
おそらく、28日のサンダーランド戦も、田中はベンチスタートとなるだろう。だが田中にとって初のプレミアリーグの舞台は、シーズン半ばを迎えたばかり。ここから巻き返しのチャンスは十分に残されている。
残念ながら、昨今のプレミアリーグでは取材規制が厳重だ。特にリーズはそれが最も顕著なクラブであり、選手へのアクセスはなかなか許可してもらえない。取材に行った試合では、常に田中本人と話をさせてほしいと広報に申請してはいるものの、今季ここまでのところは実現できていないのが現状だ。
田中がイングランドにやってきてから数回のみだが話ができたことがあった。それらの取材ノートを読み返してみたところ、昨シーズン、開幕から間もなくの9月に敵地で行われたカーディフ戦後にマンツーマンで話をさせてもらったときのことだ。まだ先発起用に恵まれなかった当時の状況について、彼はこう話している。
「出た時にやれればいい。自分がスタメンだったり、長い時間プレーするときにやれればできる自信もあるし、練習の中でのフィーリングも、自分ができないとかではない。その時に、自分がどれだけできるかだけかなと思います」
「自分が出た時に自分の良さを出せればいい。自分だったらこうできるなっていうのは考えながら見てるんで、それを出た時にやれればいいかなと。それまでは練習するしかないんで、そこまでちゃんと準備できればいいかなっていう感じです」
「(違いを生み出せる)自信はある。もうほんと、来た時にやるっていうだけで。その試合に出る出ないは監督が決める。別に出られなかったら出られないで仕方ないし。その出た時にやって、じゃあ僕を使おうと思ってくれるようなプレーをすればいいかなと思います」
そしてこの後、この言葉どおり田中はしっかりとレギュラーの座を掴み、クラブの最優秀選手にも成りあがっていったのだった。現状では、昨季のようなパフォーマンスはできておらずファルケ監督を納得させ切れてはいない。とはいえ、ビッグクラブ相手にプレミアリーグ初得点、そして昨季の優勝チーム相手に2ゴール目を奪ったことからも分かるとおり、トップレベルでプレーできる実力は証明済みだ。
来夏のワールドカップまでわずか6か月。日本代表MFはクラブでレギュラーの座を奪い返すことはできるのか。そして最高の形でW杯を迎えられるのか。27歳は正念場を迎えている。
取材・文●松澤浩三
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