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「日本が世界一になれる木工」国際デザイン賞50冠、厚生労働省認定「現代の名工」に選ばれた家具職人が語る「機能追求が美しいフォルムに着地する」理由

「日本が世界一になれる木工」国際デザイン賞50冠、厚生労働省認定「現代の名工」に選ばれた家具職人が語る「機能追求が美しいフォルムに着地する」理由

伝統工藝を現代建築に取り入れた「工藝建築」などで注目を集めている、Z世代起業家の塚原龍雲氏。著書『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』(集英社新書)では、日本の伝統工藝が持つポテンシャルをみずみずしい感性で読み取っていく。そんな塚原氏が、世界8カ国で国際デザイン賞50冠、厚生労働省認定の「現代の名工」にも選ばれた家具職人の松岡茂樹氏と対談。

一点ものの家具をハイクオリティの製品としてつくり続ける、世界レベルの手しごとの秘訣に迫っていく。

日本が世界一になれる「木工」の手しごと

 それはアメリカ留学での授業中、自分の国の「消費のあり方」をテーマにピッチ(短いプレゼン)をしたときのこと。僕は日本の伝統工藝を引き合いに出し、「使うほどに味わいが深まり、経年によって愛着が増す」――そんな価値観を紹介した。つまり、「経年劣化」ではなく「経年美化」である。するとその考え方は、最先端の思想を学ぶアメリカの学生たちや教授に驚くほど強く響いた。「それってすごく進んだ考え方だね」「サステナブルで素敵だ」といわれ、工藝は「古き良き日本の文化」ではなく「新しい世界の思想」として受け止められた。これは僕にとって、伝統工藝に対する価値観が反転する決定的な出来事だった。(『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』塚原龍雲・集英社新書より)

塚原 松岡さんとの御縁を最初にいただいたのは、本にも出てくる家紋の職人さんとお話をしている中で、「すばらしい家具の職人さんがいらっしゃる」というお話だったんです。実は「家具職人」って、当時の僕が考えていた「伝統工藝」のカテゴリーからするとちょっと遠かったのですが、せっかくの御縁なので、「まずは実家の家具を買ってみよう」と思いました。

そこで松岡さんの工房の直営店である「KOMAショップ」の杉並本店に行きまして、ショップで応対していただいたスタッフとお話をさせていただいて、事情を説明したら、「親方と話が合いそうだから工房に来てみますか」みたいな流れになって。僕、そのとき「親方」と聞いてすごい怖くなっちゃって。(笑)それまでの伝統工藝の職人さんで「親方」ってあまり聞いたことがなかったので、最初は面食らいました。

そうして工房でお会いして、後日すぐにお食事に誘っていただいたんですよね。そこがKOMAの特注の椅子を使っている立川のレストランで、いろいろとお話をさせていただいているうちに、「何か一緒にできそうだね」という話になり、その後僕の会社のKASASAGIでも空間プロデュースのしごとを始めるようになって、「空間のおしごとで御一緒できたらいいですね」というところから、おしごとの御縁もつながっていったというのが最初です。

本にも書きましたが、KASASAGIオフィスの家具もすべてKOMAにお任せして作っていただいたもので、滑らかな美しさと手触り感は、KOMAにしかできないものだと日々実感しています。「神代欅」という、灰や土砂に1000年以上埋まっていた希少価値の高い欅も譲っていただき、一枚板のテーブルとして使わせていただいています。

家具工房で一番最初に行ったのがKOMAだったので、失礼ながら他も見ないとわからないと思い、その後も各地の家具工房を巡らせていただいたのですが、ここまで込み入った手しごとで家具をつくっている工房ってほぼなくて、あったとしても一人で作家として製作しているような状況でした。メーカーとして一定の数をつくりながら、作品のクオリティーでものをつくっていくという工房は、日本に他にはないのではないか。現在、KASASAGIの工藝建築を設計させていただくときは、KOMAの家具を提案させてもらっています。

松岡 大ちゃん(※塚原さんの本名)は俺の娘と同い年だけど、若いとかどうのこうのというよりは、年齢に関係なくすごいスケールの大きなことを考えている人だなと思った。あとは人のつながりをすごく大事にしている人だなと。この二つですね、最初に思ったのは。だから今、自分たちがKOMAという会社をやっているけど、KOMAという会社だけではできないことを、もし一緒に絡んだら、違うベクトルのスケールというか、そういうところで何か面白い展開を見させてくれそうだなと思いました。かつ一度出会った人をすごく大事にする姿勢が見えるから、安心感というか信頼感というか、そういうものを最初に、本当に出会った最初の最初に感じました。

塚原 いや、もう恐縮です! 松岡さんには工房やお酒の席で、毎回いろいろなお話を聞かせていただいていて……。

松岡 酔っ払っているから何も覚えていないんだ(笑)。楽しかったなとかは覚えているけど。

塚原 毎回べろべろ(笑)。それでも印象に残っているのは、「日本が世界一になれるものづくりって、木工じゃないか」みたいなお話をされていて。「それは何故ですか?」と聞いたら、「やっぱり刃がいいからだよ」と。道具の刃が日本のものはすごくいいからというお話をされていて、鉋を含めていろいろな道具の刃があって、鉋だけでも大きなものから小さなものまで何種類もあって、それらを全て使いこなして製作しているというお話が強く印象に残っています。

そして「cocoda chair」。僕たちがいま腰掛けている、松岡さんしかつくれないKOMAの椅子ですが、同じ形を目指してつくっていくものの、一個一個木の個性があるので、刃で木を一周削っていく間に、ひとつひとつの木の個性を覚えていくのだと。

そうして木目が変わる瞬間に、「ああ、この木はここで目が変わるんだ」と気づきながら臨機応変に削る方向を変えているというお話をされていました。松岡さんは「椅子」という同じ形のものをつくっているけれど、一個一個個性の違う木と向き合って、それと対話をしながら形づくっている。あと面白いなと思ったのが、「うまくいくときは素早くパッとうまくいくけど、駄目なときは時間をかけても何をやっても駄目」というお話です。

機能を追求すると美しいフォルムに着地する

松岡 家具をつくるとき、作業中は何も考えてないですけれども、デザインをして新しい家具を生み出すときは、とにかく「機能の追求」ということを大事にしています。自分はアーティストじゃなくて職人なんで、職人って何かというと「道具をつくる人」なんですよね。

たとえば、椅子というのは「座る道具」という考え方をすると、求められる機能って「座り心地がいい」とか、「持ち運びしやすい」とか、そういったところがまず大前提にあると思って、そこを突き詰めていくというのが、最初に設計していくときに考えることです。

逆に、「こういう形の椅子をつくりたい」とか、「こういうラインを描きたい」とか、そういうことは一切考えない。それを考え出すとエゴにまみれていくというか、「この形を出したい」という俺の意思が入り過ぎるとゴチャゴチャしてくるんです。だから、「機能だけを追求していくと、結果的に美しいフォルムに着地する」と思っていて。

それは何でかな? と思ったときに、単純に人間の体に合わせてつくるんだけど、「人間の体って美しい」というところで、人間の体が心地いいものをつくっていったら、その美しい体のとおりの美しい造形ができてくる、みたいなことだった。

塚原 今も手描きでデザイン画を描かれるじゃないですか? あれは理由あるんですか?

松岡 そう、だから手描きじゃないと描けない。手で描かないと、「座ったときの心地よさ」をダイレクトに伝えられないから。パソコンを使ったら楽だし、きれいに描けるから、パソコンで描いていた時期もあるんだけど、やっぱり手描きだなと思って。逆に手描きでやっていて、自分の絵が下手だと、それも細かいニュアンスがダイレクトに伝わらないから、絵の練習を始めたり。マジで毎日スケッチの練習してるんですよ。たとえば冷蔵庫の中からバナナとかピーマンとか持ってきて、それをモチーフにスケッチするとか、棚に乗っている骸骨とか恐竜とか三角や丸のオブジェも全部スケッチのためのモチーフで、毎日何かを描いています。

そうしてデッサンの技術が上がると、自分の思い描いている「椅子としての座り心地のよさ」をダイレクトに線にできるようになる。木工デザインの基礎の基礎は「絵」だなと思って、毎日そこから練習しています。

塚原 デザイン画を描きながら、「木を削って椅子をつくっている」感じをイメージしている。

松岡 そうそう。削りとかも、「ここで絶対削っておいたほうが、肘を置いたときに気持ちいいな」とかイメージしてる。逆に機能的に必要ない部分、たとえば体には触れない部分の触り心地とか、または強度とかに必要ない部分は全部削り取りたい。要らないところは全部削りたいんですよ。だから、その辺とかもデザイン画を描きながらシャドウを入れて、シャドウを入れるときは、鉋とか刀で削るイメージで描いていく。「ここはこう削って、大体これぐらい削れるな」みたいに疑似製作しながら描いていくから、手描きじゃないと難しいんです。

塚原 木は一個一個形が違う中で、同じような形の椅子をつくる。別々の個性の木を、大体自分の思い描く同じような形にしていくわけじゃないですか? そのときの「木との間合い」の取り方は?

松岡 基本的に、木に言うことを聞いてもらう。または言うことを聞いてもらいやすい木目を選ぶ。たとえば「強度的に弱い」とかという木は避けて、まず強度のことを考えて木を取っていくから、その中で「座り心地」という着地点につくにはこのフォルムだし、この造形だしというのは決まっているので、そこに向かって突き進んでいく。

中にはやっぱりどうしても駄目な木もあって、そのときは製作の途中でやめます。でも、刃物のレベルが上がってくると、それもほとんどないかな。何でも刃物に言うこと聞かせられちゃうというか、「切れないものがない」みたいな状態になるから。

塚原 それも一個一個、刃の当て方は違うんですか?

松岡 そう。刃を入れる方向が、この辺はこうだし、この辺は逆だしとか、全部変わっていくんです。そういった「木目の変わり目」を一周削るうちに覚えていって、最後の繊細なラインになってきたときに刃物の方向を間違えないようにする。そこで間違うと、パリッと欠けちゃう。そうなると、もう使い物にならないから。

塚原 それは「木に言うことを聞かせる」ために、「木の言うこと聞かないといけない」みたいなことですか?

松岡 そうそう。だから、俺は最終的には木目の言うことを聞く。基本は木に言うことを聞いてもらって、「座り心地のよい椅子」という着地点に到達するために、削る過程では木目の言うことを聞く。

塚原 うまくいかないときって、どういうときなんですか?

松岡 どういうときだろうな? 気づいたらうまくいってないという感じなんだよな。すごい手数かかっていて、気づいたときには、「あれ、うまくいってねえ」みたいな。どういうときって具体的には言えないけど。

塚原 うまくいっているときは?

松岡 何も考えてない。何も考えないで、どんどんどんどん進んでいく。

塚原 刃の向きというのも、体が覚えている感じになっちゃう?

松岡 体が覚えてくれて、自分の思ったとおりに体が動くし、それすら考えてない。何にも考えてない。「今日の晩御飯何食べようかな」とか、そんなぐらいのことを考える。うまくいかないときは、なにか思い詰めたような感じで木と向き合って、「ここはこうして、ここはああして……」とかいろんなことを考えながら削っている。そういうときはうまくいかない。

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