涙とは、時に人生を雄弁に物語る。
人は「嬉しい」や「悲しい」、「悔しい」といった感情が最高潮に達したときに、それが涙となって表れることがある。感情が昂る理由は人ぞれぞれだ。血の滲むような努力をしてきたからであったり、自分の無力さに打ちひしがれたからであったり……あなたの“あの時の涙”の理由も、ぜひ思い出してほしい。
そこにこそ、ひとりひとりの“人生”が詰まっていると思う。だからこそ、取材の過程で涙に触れた時は、「泣いた」という事実よりも「涙の理由」にフォーカスしてきたつもりだ。
そして2025年のスーパーフォーミュラでは、たくさんの涙を目の当たりにしてきた。そしてその度に、彼らの人生に想いを馳せる……そんな1年であった。
■王座への執着は実らず
今もスーパーフォーミュラファンの脳裏に鮮明に焼きついているであろうレースが、11月に行なわれた鈴鹿での最終ラウンド。そこでは4人のドライバーが王座の可能性を残した状態で最終レースの第12戦決勝に臨んだが、そこで優勝した岩佐歩夢が逆転で2025年のシリーズチャンピオンとなった。
「勝っちゃったんだよ。お前勝っちゃったよ」
無線で担当の小池智彦エンジニアにいつものトーンでそう伝えられ、自身がチャンピオンになったことを知った岩佐は声にならない声をあげた。そしてパルクフェルメで雄叫びをあげてマシンを降りると、チームが「なになになに〜? 泣いてんのお?」と冷やかしながらも温かく岩佐を出迎える様は、若いスタッフの多いTEAM MUGENらしさを感じ、思わず頬が緩んだ。
その傍らで、涙を流す者がもうひとり。最多の3勝を挙げながらもあと一歩王座に届かなかった太田格之進だ。マシンから降り、ヘルメットも脱がぬまま、台の上で突っ伏した太田。固く握られた両拳は震えており、ヘルメットの奥は見えずとも悔し泣きをしているのは明らかであった。苛烈な2025年シーズンを物語る、アイコニックな瞬間だったと言える。
その直後のパルクフェルメインタビューも涙ながらに答えていた太田。「チャンピオンを獲るためだけにやってきた」というこの1年……「やれることは全部やった」と自信を持って話すが、だからこそ、それでも王座に届かなかったことに、悔しさを覚えていたという。
■壮絶な過去を労う勝利
この鈴鹿ラウンドで涙を見せたのは、タイトルコンテンダーだけではなかった。最終戦の数時間前に行なわれた第10戦決勝レースでのイゴール・オオムラ・フラガの初優勝は、多くの人々の心を打った。
日本生まれの日系ブラジル人であるフラガは、リーマンショックの煽りを受けてブラジルへと移住すると、レース活動をする上で金銭的な苦労が絶えなかった。だからこそ、その過程でレースゲームのグランツーリスモで腕を磨き、世界大会の王者まで上り詰めるのだが。
数々のカテゴリーで才能を見せつけるも、レース活動もままならなくなっていた頃、生まれ育った日本に“帰国”。来日3シーズン目である2025年にスーパーフォーミュラのシートを掴み、ついに初勝利を手にした彼はウイニングランで大粒の涙を流したが、その時脳裏によぎったのは両親の姿であったという。
「親がどれだけ苦労して僕をここまで来させてくれたか……」
記者会見で、改めて当時の苦労について尋ねると、彼はとめどなく溢れる涙を拭いながら語った。レース活動を諦めないようにと、両親が銀行から多額の借金をしたこと、父と共に自分たちで車両メンテナンスをする体制で参戦したレースで資金がショートし、シーズン後のテストにはそのマシンに他のドライバーを乗せて父子でメンテナンスするという屈辱的な経験をしたこと……。
生々しいエピソードではあったが、彼がなぜ、ちょっとやそっとの好結果では浮足立たなかったのか、そして将来に向けてプロフェッショナルドライバーになることを目標に掲げていたのか、色々な疑問の答えが分かった気がした。想像を絶する苦労を嬉し涙で洗い流したフラガは、2026年に一層強さを増すはずだ。
■ベテランのプライドと責任
遡ること半年ほど前、大嶋和也のスーパーフォーミュラ引退会見での号泣も強く記憶に残っている。普段の大嶋は常にクールで、成績が良い時も悪い時も、静かな語り口で取材に応える。そんな男という印象だった。その大嶋が顔をくしゃくしゃにしながら泣く姿には驚かされた。
引退会見での号泣というと、スーパーフォーミュラでレースができなくなることへの寂しさから来る涙のようにも受け取れるが、大嶋の場合は違った。むしろ「降りることへの未練はない」といい、これまでにも何度も「降りたい」と思っていたのだという。ではなぜ——。以下は大嶋が声を詰まらせながら、約1分半をかけて紡ぎ出した言葉たちだ。
「やっぱり結果が出ていなかったので、今降りたら一生後悔するだろうなという気持ちが強かったです」
「本当は去年で辞めるつもりだったんですけど、チームオーナー(モリゾウこと豊田章男氏)にワガママを言って、もう1年だけやらせてほしいとお願いしました」
1台体制のROOKIE Racingで奮闘してきた大嶋は、結果の出ないシーズンが続いていた。特に2022年と2024年シーズンはノーポイント。スーパーフォーミュラはドライバーの力だけで結果が出せるカテゴリーではなく、速いマシンを仕立て上げるチームの力も重要になってくるが、とはいえ無得点という結果に大嶋のレーシングドライバーとしてのプライドがひどく傷つけられたことは想像に難くない。
チーム監督の石浦宏明曰く、モリゾウ氏も大嶋が本来の実力を発揮できるまで後押しする姿勢を示していたのだという。当然、そういった「ワガママ」を通してもらえる環境にあることが当たり前ではないことも、大嶋は理解していたはず。だからこそ、今シーズンは何としても期待に応えなければならない。そんなプレッシャーも少なからずあっただろう。
そして2025年シーズン、大嶋はなんと入賞7回を記録。引退会見が行なわれた日も、6戦目で4度目の入賞(6位)を記録した直後だった。チームと共に持てる力を出し切れたことへの安堵に、激動の数年間がついに終わりを迎えるという実感が重なり、“アイスマン”から熱いものが溢れ出したのであった。
■名門を背負う重圧
レースを戦っているのはドライバーだけではない。実は最終ラウンド鈴鹿でのとある会見で、TEAM IMPULの星野一樹監督が男泣きしていたことはあまり知られていない。
その日は、環境改善機器メーカーでモータースポーツへのスポンサー活動も行なうSDGが会見を行ない、そこで2026年シーズンからTEAM IMPULをスーパーフォーミュラでもサポートすることが発表されると聞き、会見に出席した。SDGは既にスーパーGTでIMPULをサポートしているが、当時のエピソードを振り返る際に星野監督は涙を流した。
IMPULは元々、スーパーGTではマレリ(旧カルソニック)という長年のパートナーがいたが、両者のパートナーシップは2024年シーズン(正確には2025年2月)をもって終了に。その発表からわずか数時間でSDGからスポンサードの申し出があったことを明かした星野監督は、しばらく言葉を失い、最後はなんとか絞り出すように「来年度はスーパーフォーミュラも応援していただけることになりました。精一杯頑張ります」と話したのだ。
その時、少し違和感を覚えた。当然、スーパーGTでスポンサードをしてくれたことへの感謝で感情が昂るのは理解できる。しかし、それは1年以上前の出来事だ。彼から溢れる涙は、何か“新鮮な感情”によって込み上げてきているように感じられたのだ。
IMPULが来年から1台体制になるらしい——。そんな噂が耳に入るまでに、それほど時間はかからなかった。
2025年シーズンはまさかのノーポイントに終わった名門IMPUL。聞くところによると、彼らはSDGのサポートなしではスーパーフォーミュラ参戦継続自体も難しかったのではないかという話もある。
日本レース界の象徴である闘将・星野一義を父に持ち、その父のDNAを受け継ぎながらも自らのエッセンスも投じて新生IMPULを作り上げようとしている星野一樹監督。その名門の看板はあまりにも重い。現状は首の皮一枚で繋がったような形にはなってしまっているが、気鋭のザック・オサリバンと共に復活のストーリーを描くIMPULを見たい。
今年は本当に、多くの涙に触れてきた。涙を流すほどに人生をかけて何かに打ち込む様は美しく、やや失礼な言い方かもしれないが羨ましさすら感じる。
モータースポーツには様々な魅力があるが、頂点へと駆け上がり、生き残るのがとりわけ難しい世界だからこそ、そこには人間ドラマが詰まっていると思う。スーパーフォーミュラを戦うドライバー・チームスタッフには、2026年シーズンも己の人生を、生き様を存分にぶつけてほしい。

