
「自分のサッカーに絶望した」佐野海舟が初のW杯を前に辿り着いた“覚悟の中身”【独占告白】
2025年10月14日に行なわれたブラジル戦の前半、佐野海舟は「思うようにボールを奪えず、スピードにも付いていけない。もう下を向いてしまいました。自分のサッカーに、絶望した」と振り返る。ピッチで感じたのは、周囲が言う手応えではなく突きつけられた現実だった。しかしその「絶望」を受け入れ、むしろ、何が足りないのかを教えてくれた試合だったと前を向く。
4年前はワールドカップをテレビで眺めるしかなかったフットボーラーが、初の大舞台を前に何を思い、何を背負って戦おうとしているのか。
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──1年4か月ぶりの代表復帰で森保監督から何か掛けられた言葉は?
「はい、日本代表に選んだのは自分(監督)の責任だからサッカーに集中してほしいと声をかけてもらいました。代表に入れない時期、マインツの日々の生活に早く慣れてここで成長するしかないと思っていました。代表選手として日本のためにとまで考える余裕はなかった。森保監督の、自分の責任だという言葉を聞いて自分には代表に行く覚悟がいると思いました」
──覚悟ですか?
「これからのサッカー人生は自分のためではない、と決めました。自分のためじゃなくて、代表じゃない時もクラブでのプレーをいつも観ていてくれる皆さんやサポートしてくれた方々、もちろん代表を応援するサポーター、家族のためでもある。自分の充実感のためにサッカーやるんじゃない、と覚悟しています。だから代表では自分が出ても出られなくてもどうやったら日本代表の働きになれるかを考える。自分がプレーできたから良かった、出たら満足ではなくて自分の存在が力になるように努力したい。そしてそれを見てもらえる選手を目指しています」
──代表では佐野選手を含めてボランチでの競争が激しいですね。W杯に向かって注目されます。
「そうですね。でもポジション争いはサッカーでは当たり前ですし自分と誰かを比べても何もならない。自分のサッカーに集中するだけです。日本代表はレベルの高い選手の集まりですからほかの選手もきっと自分に集中するだけと考えていると思います」
──監督はボランチの組み合わせやグループでの相性を試すと話しています。ブラジル戦では鎌田(大地)選手と先発で組みグループの中での存在感を示したのでは?
「いや全くですね。前半が悪すぎて、自分の思ったところでボールが全然取れなかったしスピードに付いて行けていない。ボールをあんまりにも取れなさ過ぎちゃって、試合中絶望していました」
──ピッチで絶望してしまう?
「もう下を向いてしまいましたね。自分のサッカーに絶望してしまうんです」
──通信簿みたいにここはダメ、ここも落第、と自分のプレーを突きつけられる感覚?
「そんな感じですね。後半チーム全体で結果は出せましたが、みんなも満足していないし個人としては全くダメでした」
──厳しい採点ですね。自分のサッカーに絶望するとは独特の表現ですが、そんな試合の経験はほかにもあるんですか?
「絶望の試合は定期的にやってくるんです。25年はブラジル戦、24年はドイツに行って初めてのバイエルミュンヘン戦(24年12月に2−1と勝利)でしたね。もう全くボールが奪えなくって何をやっても取れなくてピッチでダメだ、こんなに力の差があるかって…」
──下を向いた?
「思い切り向きました」
──プロキャリアの最初の頃にもあったんですか。
「ありました。(当時J2)町田にいた時にフロンターレと練習試合をしたんですが、その時も全然ボールが取れなくて練習試合でダメだ、自分はJ1で通用するのか? って」
──でも下を向いても、また立ち上がってきたわけですね。
「定期的にやってくる絶望の試合が、今の自分に何が足りないのかをはっきり教えてくれる面もすごく大きいんだと思う。課題を見つけるための絶望というか…」
──希望のための絶望ってなんだか深いテーマですね。ブラジル戦の後、11月シリーズのガーナ戦は? 南野(拓実)選手へのアシストを決めました。
「自分のプレースタイルとしてマインツでも代表でも、ボールを取る前、取った後、その後のゴールまでをひとつの流れで考えています。走ったから、ボ—ルを奪ったからとかデュエルに勝っただけでなくて、その前からイメージ持って奪って得点に繋がるプレー。だから波があってはいけないし、常にトップパフォーマンスをしたい」
──選出されればご自身初めてのワールドカップになります。前回のカタール大会はどこで観ていましたか。
「練習にさえ行けていなかった時期です。腰が全く治らず、サッカーをこのままできるのかできないのか、そういう選択肢を考えていた頃です。町田の練習に行けず一人でリハビリしていました。代表への憧れはありましたが、当時はW杯に行く自分をイメージできなかったです」
──腰痛とオーバートレーニング症候群の診断でしたね。
「みんなそれぞれに4年の思いがあります。前回のW杯を経験した人たちにしか分からない悔しさは、その舞台に立っていなかった自分が理解しようとしてもそんなに簡単なものではないです。自分はサッカーを続けられるかどうかギリギリのところで苦しんでいた4年前、テレビで見ていた舞台に立ちたいという思いを持っています。サッカーができるのは当たり前じゃない。その気持をプレーに出したい」
帰国中、わずかな時間で実家の岡山県津山市に帰った。「本当に久しぶりに弟(航大=NECナイメヘン)にも会える。同じヨーロッパにいても会えないものですね」と笑った。
<了>
取材・文●増島みどり(スポーツライター)
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