「これしか知らんもん」
これはよく考えると、仏教で念仏の反復のような修行を通じて悟りを開いた状態と近いものを感じさせる。そうした無我の状態だからこそ、素材の力に身を委ね、伝統の力が働くように手が動かせるのではと思うのだ。京都で工藝店を営む荒谷啓一さんが、石川県の輪島塗の塗師・赤木明登さんと対談した際、こんなことを語っていた。
仏教の修行でも同じことを繰り返すことによって、分別心を沈静化させ、心の深い領域に入っていくということをしますが、それと同じように、手仕事においても同じことを繰り返すうちに、手の動きが頭の支配を離れて、心の深いところで素材と向き合うことができるようになったときに、その人のより深い部分だったり、その人を超えたりしたものが手をとおして形になる。(「民藝の核心(荒谷啓一×赤木明登)」、赤木明登・堀畑裕之『工藝とは何か』)
こうした感覚によるものづくりが、伝統工藝の生み出す美しさにとっては大事なのだろう。逆にいえば、このような「奥行きをつくる営み」は、機械がいくら発達しても簡単に真似できない、人間だからこそ可能なものだと思っている。
なおこの瀬戸焼の職人さんは「この釉薬はこういうもので、こういうやり方で作っている」という具体的な説明もしてくださった。そこで僕も「やっぱり土から釉薬まですごくこだわっておられるんですね!」といったところ、ひとことだけ「これしか知らんもん」と答えてくれた。
それまで「他力本願」の思想と工藝の美の関係を頭では理解していたつもりだったのが、職人さんの自転車の話とこのひとことを聞いたときに、スッと腑に落ちる感覚があった。
なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想
塚原 龍雲
2025年11月17日発売990円(税込)新書判/208ページISBN: 978-4-08-721388-1隈研吾氏(建築家)推薦!
「職人の手が紡ぐ時間と若い起業家のまなざしが交差する。
伝統と革新が響き合う、手しごと再生の書」
◆内容紹介◆
柳宗悦が民藝運動を提唱して百年。いま、その精神にZ世代の起業家が共鳴し、新たな光を当てる。
「経年美化」──時の流れが育む美しさに惹かれ、日本各地の工房を旅し、職人と火や木や土の声を聴くうちに、その意味は生きた実感となった。
伝統工藝は過去の遺産ではなく、持続可能な社会を築く知恵。モノを愛する心が人を結び、手しごとは世界を変える。そのメッセージは海外でも静かな共感を呼んでいる。工藝から未来を紡ぐ挑戦の書。
◆目次◆
第一章 Z世代、工藝に出合う
第二章 工藝から学んだ、これからの生き方・働き方
第三章 知られざる工藝の世界
第四章 これからの日本の工藝をつくる職人たち
第五章 日本の手しごとの「いま・これから」

