
TVアニメ「薫る花は凛と咲く」(毎週土曜夜0:30〜TOKYO MXほかにて放送/Netflix・ABEMA・FOD・Hulu・Leminoほかで配信)がいよいよクライマックスを迎える。本作で主人公の高校生・紬凛太郎を演じるのは中山祥徳。見た目から周囲に怖がられてしまう無口な凛太郎だが、実は生真面目で心優しい性格の持ち主。彼が実家のケーキ屋で、お嬢様学校に通う和栗薫子と出会い、その日々が鮮やかに色づいていく。本作で主人公を初めて演じる中山は、どのように役にアプローチしたのか。
■出演は「不安7割、嬉しさ3割」
――本作への出演が決まった際のお気持ちをお聞かせください。
最初に出演を聞いたときは『不安7割、嬉しさ3割』でした。自分に務まるのかな⋯という思いが強かったんです。原作を拝見して、その魅力は繊細な心理描写だと思ったのですが、それを声でどう表現すればいいのか、自分にできるのか、とにかく不安ばかりでしたね。
――不安の源はやはり原作の持つ空気感だったんですね。
原作を読んで最初は王道の恋愛漫画かなと思ったのですが、読み進めるうちに友情や家族愛、人との関わり方など、人生そのものが詰まっていることに気付きました。読み終わると自分も少し優しくなれた気さえする。そんな作品ってなかなかないですよね。だからこそ、この原作の持つ空気を壊したくないというプレッシャーが強かったのだと思います。
――ご自身が演じた紬凛太郎というキャラクターの魅力は、どのような点だと思われますか。
やっぱり、“誠実さ”ですよね。周囲の人が少しでも悩んでいたらさりげなく手助けをするし、感謝や謝罪を当たり前のように素直に言葉にできる。過去に深い傷を負っているにもかかわらず、それを失わずにいられる強さがある。大人でもできないことを、彼は自然にやっているのですごいなと思います。
――一方、凛太郎とご自身の共通点はありますか。
ありますよ。僕自身も凛太郎みたいに“自分なんか……”とネガティブになることがあります。今回の役が決まった時もそうでしたから(笑)。
■「心を閉ざす」演技の難しさ
――けれど、中山さんは凛太郎の素直さや飾らないところを、原作ファンも納得のお芝居で体現されていますよね。実際の役作りでご苦労された点はどんなところですか。
凛太郎は過去の体験から心を閉ざして生きてきた、感情を大きく動かすことを避けてきた人だと思うんです。だから、恋愛感情に関しても、それが芽生えそうになって、普通ならときめくような場面なのに彼は逆に心を閉ざしてしまう。それを芝居で表現するのがとにかく難しかったです。
――たとえば、第1話の薫子をかばって流血するシーンなどでしょうか。
そうです。薫子から『ありがとう』と言われて、視聴者目線だと“恋愛の芽生え”みたいに見えるのですが、実際の凛太郎は、自己肯定感の低さから素直には受け止めきれない。だからむしろ距離を取る。演じる上でその温度差をどう表現するか、監督や音響監督と何度もすり合わせました。とくに、第1〜3話は一つひとつのシーンで非常に苦労した記憶があります。
――収録現場の雰囲気はいかがでしたか。
すごくアットホームでした。休憩時間も自然と皆で集まって話していて、本当に同じクラスの友達みたいな感じでしたね。クラスメイト役の皆さんとは、まさに学生に戻ったような気持ちでアフレコできたのが楽しかったです。とくに宇佐美翔平役の戸谷菊之介くんが盛り上げてくれまして。もうまんま翔平みたいな感じで引っ張ってくれたので、僕たち3人はそれについていくだけでした(笑)。
――男子校のような雰囲気ですね。一方、ヒロインの和栗薫子役・井上ほの花さんのお芝居の魅力は?
井上さんも本当に自然体で、まさに薫子そのもののように感じていました。僕は最初、台本に細かく書き込んで役作りや準備をしていたんですが、井上さんの芝居を聞いて、“もっと素直に感情を出していいんだな”と思うようになりました。回を重ねてからは、理屈ではなく、感情を動かして、それをそのままマイク前で表現するようにしました。それはやはり薫子役が井上さんだったからこそですね。

■母への想いを重ねた第9話

――収録で印象に残っているシーンは?
第9話の凛太郎とお母さんとのお話ですね。凛太郎のお母さんは、息子が初めて友だちを自宅に連れてきたこと、友人達が凛太郎の本当の優しさに気づいてくれたことが嬉しくて、その気持ちを噛みしめながら、凛太郎たちにお店のケーキを差し入れます。お母さんが忙しいなか自分たちのためにいろいろと心配りしてくれたことに対して『ありがとう』と声をかけ、お母さんは過去を思い出し涙を滲ませるというシーンでした。実は僕自身、母が5年前に亡くなっていまして。正直、上京して声優として活動をするようになってからは、母と会う機会も少なかったので、僕は『ありがとう』とちゃんと伝えられていたのかな、と思わず考えてしまいました。この凛太郎が『ありがとう』と言うシーンでは、自分の気持ちも相まって、気持ちが乗ってしまったようで、ディレクションで『もっと軽く』と言われてしまいました(笑)。けれど、凛太郎とお母さんのエピソードは本当にグッとくるものがありますし、僕にとっても強く共感する部分です。
――素敵ですね。本作で描かれる恋や青春というテーマでは、ご自身の学生時代とリンクする部分もありますか。
第10話で凛太郎が恋愛感情を自覚して、薫子と向き合っていく場面は、まさに自分の中学生時代そのものです(笑)。『好き』って何だろうと悩んで考えて、結局告白もしないまま卒業したことがありました。だから凛太郎の戸惑いがすごくリアルに感じられて、演じながら当時を思い出しましたね。ただ、僕は凛太郎より面倒くさい学生だったかもしれませんが⋯(笑)。
――(笑)。ところで、いま、声優としての仕事にやりがいを感じる瞬間は、どんなときですか。
繊細な心理描写のシーンを演じている時ですね。頭も身体もフル回転でカロリーを消費して、収録が終わった後は本当に疲れますが、すべてを出し切った達成感があるので、やりがいを非常に感じます。やはり素直に気持ちを表現することって、周りの方のお芝居にとにかく集中しないとできないことなんですよね。それはこの作品で実感しました。
――本作は初の主人公役になりましたが、ご自身のお仕事へのモチベーションはどんなところにありますか。
掛け合いですね。人とお芝居を通して、感情をぶつけ合うことが楽しくて仕方ないんです。今作では13話通してたくさん掛け合いを経験できて、“もっと芝居をしたい!”と強く思うようになりました。というのも、これまで僕は名前のない役で作品に出演したりということが多かったんです。すると、掛け合いをするタイミングはなかなかなかったんですね。だから、この作品で得た掛け合いの面白さを糧に、自分が声優人生の中で、どんな掛け合いの面白さを味わえるのか楽しみで仕方ないんです。
――放送が迫る、最終話で注目してほしいポイントを教えてください。
凛太郎が恋愛感情を自覚してからの葛藤です。音楽や演出も没入感がすごいので、難しいことを考えずに五感をフルに使って楽しんでほしいです。また、『薫る花』は人間本来の“優しさ”を思い出させてくれる作品だと思うんです。人と人との関わりの中で、どうやって距離を縮めるのか、どうやって心を開くのか。ご覧いただく方には、凛太郎や薫子たちと青春を一緒に体験してほしいです。

■取材・文=河内文博(アンチェイン)

