最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
三国志の「周瑜」が正史だとガチ完璧超人すぎてビビる件 なお『演義』では…(泣)

三国志の「周瑜」が正史だとガチ完璧超人すぎてビビる件 なお『演義』では…(泣)


「周瑜」が表紙の『横山光輝三国志』第27巻(希望コミックス、潮出版社)

【画像】あっ、そういう解釈もアリ? こちら孔明好きすぎ「美少女ヤンデレ周瑜」です

語り継がれる呉のハイスペイケメン!

 三国志ゲームでは知力、統率、魅力のすべてがトップクラスの「周瑜」。しかし横山『三国志』では孔明の引き立て役にとどまり、どこか不遇な扱いを受けています。なぜこれほどまでにイメージが違うのでしょうか。

 実は歴史書を紐解くと、彼は「天が二物も三物も与えた」本物の完璧超人でした。ゲームでのステータスは適正です。本稿では、そのハイスペックすぎる実像に迫ります。

名門に生まれた若き美形エリート

 正史『三国志』によれば、周瑜の父は首都 洛陽の長官(洛陽令)、大叔父は漢王朝の最高職「三公」のひとつ太尉です。まさに超名門の生まれで、24歳にして将軍(中郎将)に就任し、周囲から「周郎(若様)」と呼ばれました。

 しかも美貌でも知られ「曲有誤、周郎顧(曲に誤りがあれば周郎が振り向く)」という流行語まで生まれます。これは周瑜に振り向いてほしい演奏者が、わざと音を外したというアイドル的エピソードです。

 また親友の孫策が引っ越してきた際に、屋敷を1軒プレゼントした逸話も知られます。さらに『三國無双』などで人気の美女姉妹、大喬と小喬を、孫策と周瑜がそれぞれめとり、義兄弟(相婿)となりました。

 名家出身、美形、財力、親友、そして美人妻。周瑜はまさに人生のすべてを揃えた人物だったのです。

人格者でもあった周瑜

 これだけ恵まれた人物には、何かひとつ欠点がありそうなものです。『三国志演義』では、周瑜は孔明に嫉妬し「天はなぜ周瑜を生み、また孔明を生んだのか!」と叫んで吐血死します。恵まれた人物だからこそ、本物の天才に激しく嫉妬するわけです。

 ありそうな展開ですが、これは創作で正史には病死とだけあります。赤壁の矢傷が原因という説もありますが、真相は不明です。

 史実の周瑜は、年上の老将である程普にも謙虚に接し「彼といると美酒に酔うようだ」と言わせたほどの人格者でした。この「人間力」が、多くの兵をまとめ赤壁で大軍を指揮できた理由と思われます。

実は赤壁の戦いの主役は周瑜

「赤壁」といえば、三国志でも屈指の大戦です。『三国志演義』では孔明が「七星壇」を築いて祈祷で風を呼び、わら束を積んだ船団を使って10万本の矢を集める華やかな描写が有名ですが、いずれも創作です。

 史実で赤壁の中心にいたのは孔明ではなく周瑜でした。降伏しようとした孫権と重臣を説得したのは周瑜、火計の計画・指揮も周瑜、鞭打ちの苦肉の策は演義の脚色ですが、黄蓋の偽投降は史実です。

 もし周瑜が止めなければ、呉は曹操に降伏していた可能性があり、天下三分の計は成立しなかったでしょう。赤壁の真の立役者は、まぎれもなく周瑜なのです。

36歳でこの世を去る

 周瑜は36歳という若さで亡くなりました。ゲームで高ステータスを誇るのは、彼が能力的にピークのまま人生を終えたことが反映されているのかもしれません。

 天は彼にほぼすべてを与えましたが、ただひとつ「時間」だけは与えませんでした。だからこそ周瑜は今なお、2000年の時を越えて永遠の美青年「美周郎」として愛され続けているのです。

配信元: マグミクス

あなたにおすすめ