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人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡

人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡

人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡
人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡 / Credit:File:Orso bruno marsicano.jpg

イタリアのフェラーラ大学(UniFe)などで行われた研究によって、中央イタリアの村々の近くで人間と長く暮らしてきたヒグマが、ほかのヒグマよりも小柄で温厚(おんこう)な性質に“進化”していた可能性が報告されました。

研究ではこのクマのゲノムが調べられており、攻撃性の低下と関係が示唆されている遺伝子の近くに多くの遺伝子変異がおきていることが示されています。

人間との長い共存と駆除の歴史が、このクマたちの“性格”をDNAレベルで変えてしまったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月15日に『Molecular Biology and Evolution』にて発表されました。

目次

  • アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史
  • DNAから見えた「温厚化」の手がかり
  • クマの「性格を変える進化」はアリなのか?

アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史

アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史
アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史 / アペニンヒグマ/Credit: Bruno D’Amicis/ Molecular Biology and Evolution

「森でクマに出会う」と聞くと、多くの人は条件反射のように身構えると思います。

ニュースや動画で見るクマは、危険な動物の代表のような扱いをされることが多いからです。

でも世界を見渡すと、人の村や畑のすぐ近くで、思ったより静かに暮らしているクマたちもいます。

アペニンヒグマ(Ursus arctos marsicanus)はまさにそのタイプで、「小さくて、人への攻撃性が低いとされるクマ」としてイタリアの山里で知られてきました。

コラム:古代ローマの時代から知られるアペニンヒグマ

古代ローマの時代、この山地のクマは家畜やぶどう畑を荒らす厄介者として恐れられる一方で、狩りの獲物や毛皮・脂を得る貴重な資源でもありました。ローマ世界ではクマを闘技場の見世物に使った記録も残っており、アペニンのクマたちも「危険で野性的な動物」の代表として扱われていたと考えられます。しかし20世紀に入ると乱獲や道路建設などで数は急激に減り、現在野生にいるアペニンヒグマはおよそ50〜60頭とされ、イタリアでも最も絶滅に近い大型哺乳類のひとつになりました。今ではアブルッツォ・ラツィオ・モリーゼ国立公園などで手厚く保護され、公園のシンボルマークや「クマのパン」と呼ばれる郷土菓子、土産物のデザインなど、地域のアイコンとしても大切にされています。それでも、ときどきハチミツや果樹園、鶏小屋を荒らす「いたずら者」としてニュースになることがあり、近くの村ではクマ専用の博物館が作られるほど身近な存在です。記録に残る人身被害はほとんどなく、「怖いけれど、どこか親しみのある隣人」という独特のイメージで受けとめられているのがアペニンヒグマなのです。

人間は昔から、自分たちの暮らしやすさのために環境を大きく変えてきました。

森を切り開き、農地や町を広げることで、多くの野生動物のすみかは狭くなり、数も減りました。

そんな人間だらけの景色の中で生きる動物たちは、まず「行動を工夫する」ことで生き残ろうとします。

人を見たらすぐ逃げるとか、人のいない時間帯だけ動くようにするといった変化です。

これが「可塑性(かそせい:あとから変えられる性質)」と呼ばれるものです。

しかし、問題はここからです。

こうした行動の変化が、単なる「慣れ」で済んでいるのか、それとも何世代も続くうちに、「もともとの性質」を作っている遺伝子そのものが変わってしまっているのかは、実はあまりよく分かっていません。

特に、アペニンヒグマのような小さな集団では、「自然選択(しぜんせんたく:生き残りやすい性質が広がること)」と、「遺伝的浮動(いでんてきふどう:たまたま遺伝子が偏ること)」を見分けるのがとても難しいとされてきました。

そこで今回、研究者たちは、「人間との長い共存と迫害の歴史が、このクマたちの“性格”をDNAレベルで変えてしまったのかどうか」を確かめようとしました。

本当に、人との付き合いがクマの性格を遺伝子から書き換える、などということがあるのでしょうか。

DNAから見えた「温厚化」の手がかり

DNAから見えた「温厚化」の手がかり
DNAから見えた「温厚化」の手がかり / Credit:Canva

研究チームはアペニンヒグマ12個体を含む計20個体のDNAを新たに解析し、そのゲノム(全遺伝情報)を他地域のヒグマと詳細に比較しました。

まず明らかになったのは、アペニンヒグマの遺伝的な多様性が他のヒグマと比べて極端に低いことでした。

この集団では近親交配(血縁どうしの交配)が長く続いた結果、遺伝子のバリエーションが乏しくなっていたのです。

さらに、研究チームは「遺伝的負荷(病気や不利な性質につながる変異の持ち方)」も調べました。

その結果、アペニンヒグマは、他のヒグマよりも「実際に効いていそうな有害変異」を多く抱えている可能性が高いことが示唆されました。

一見すると、「絶滅に向かって転がっているだけ」のようにも見えます。

しかし解析はそこで終わりません。

研究者たちは、ゲノム全体をスキャンして、「どの場所に強い自然選択の跡があるか」を調べました。

ざっくり言えば、「他のヒグマとは明らかに違う変化が積み重なっている遺伝子」を探したのです。

その結果、行動や神経の働きに関係が深いとされる遺伝子の周りに、特に強い信号が集まっていることが示唆されました。

なかでもDCCやSLC13A5(どちらも遺伝子の名前)といった、他の動物で攻撃性の低下と関係が示唆されている遺伝子の近くに、「アペニンヒグマだけで目立つ変化」が多く見つかりました。

興味深いのは、これらの変化の多くが、タンパク質の設計図そのものではなく、「非コード領域(タンパク質を作らないがスイッチとして働く部分)」に集中していたことです。

これはたとえるなら、同じ楽譜でも演奏のしかたで曲の雰囲気が変わるように、「読み取り方の微調整」で行動のクセが変わっているのかもしれません。

(※計算による予測では、「スプライシング(読み取りの切り貼り)のときに働く因子がくっつく場所」が変わる可能性も示されました。)

コラム:アペニンヒグマは人にケガをさせた記録がない

「アペニンヒグマは、人にケガをさせた記録がないらしい」──クマ被害ニュースが絶えない日本から見ると、にわかには信じがたい話です。しかしイタリアの研究機関や保全団体の発信を追うと、「少なくともアブルッツォ地方では、人がクマに襲われてケガをしたり命を落とした記録はない」と明言しているものがいくつも見つかります。たとえばイタリア国立研究委員会(CNR)の自然保護系の研究所は「地元のクマによる人身被害は記録されていない」と説明していますし、地元の自然保護サイトも「アペニンでは、人が攻撃されたり負傷した事例は記録されていない」と繰り返しています。

だからといって、「イタリアのクマは完全に無害」と勘違いするのは危険です。地元では、電気柵やクマ対策ゴミ箱、「ベアスマート・タウン(クマと共存できる町)」の取り組みなど、かなり本気の対策を続けて初めて、いまの“人身被害ゼロ”状態を保っているのです。もう一つ大きいのは「数」の違いです。アペニンヒグマは世界でおよそ50〜60頭とされ、そもそも個体数がきわめて少ないうえに、生息域も国立公園とその周辺にかなり限られています。一方、日本のツキノワグマやヒグマは、広い範囲に何千頭単位で分布していて、人が暮らすエリアと山との境界もはるかに長く、接触のチャンスも桁違いです。

ただ「被害記録がないって本当?」という問いへの答えとして「公式な記録の範囲では本当」と言えてしまう背景には、生物学的な遺伝的な変化もあったと考えられます。

これらの結果を踏まえて、著者たちは「もっとも筋の通った説明」として、人間による長期の迫害の中で、「攻撃的な個体ほど早く排除され、おとなしい個体ほど生き残った」という選択がおきた可能性を挙げています。

その結果、「遺伝的にはボロボロなのに、人との衝突を減らす方向には進化しているように見えるクマ」が生まれた、というわけです。

配信元: ナゾロジー

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