ウエスコの歴史とともに紐解くエンジニアブーツ。
「ウエスコの歴史=エンジニアブーツの歴史といっても過言ではない」。河北さんが口にしたこの言葉を元に、ウエスコというヘリテージブランドとエンジニアブーツの歴史をここに整理しておく。
1918年 ウエスコ創業

アメリカはオレゴン州・ポートランドにて創業したウエスコ。ヨーロッパ系の移民であった創業者のジョン・ヘンリー・シューメーカーは、10代の頃からブーツメイキングの修行を積み、1918年に独立する形でブランドを立ち上げた。当初は森林作業に従事する労働者のための作業靴、ロガーブーツをメインに製造。当時はアメリカ西海岸にロガーブーツを製造できる業者が少なかったこともあり、事業は右肩上がりに成長を遂げた。事業拡大のため、創業から10年余りの間に工場を4度移転するなど、順風満帆に見えたウエスコの歩みだが、1920年代後半に入ると、アメリカ全土の景気の影響を受けて大きな危機に直面することに。
1920年代後半~1930年代前半 世界恐慌→ニューディール政策
1929年に世界恐慌が起こり、多くの企業が倒産し、失業者が増加するなど深刻な不景気に陥った。ウエスコもこの世界的な不景気の影響を受け、1度廃業寸前に。しかし、33年にルーズベルト大統領が打ち出したニューディール政策により、公共事業の増加に伴ってワークブーツの需要が増加。ウエスコは再び息を吹き返し、1935年に現在の拠点でもあるオレゴン州スキャプースに工場を移転した。
1939年 エンジニアブーツ[THE BOSS]が登場
世界恐慌による廃業寸前の危機から息を吹き返したウエスコが1939年に発表したモデル[ザ ボス]。それまではロガーブーツの製造をメインとしていたが、シューレースがなく脱ぎ履きが容易で、かつストラップでフィッティングを固定できる、今日におけるエンジニアブーツと同じ型の1足をリリースした。工業化が進むなか、蒸気機関を扱う工場や造船所など、機械作業用の安全靴として重宝され、ウエスコの作るブーツの需要が再び高まることに。ウエスコの歴史を語るうえでも外すことのできないモデルが初声をあげたのであった。
1940年代 第二次世界大戦、バイクカルチャーとの邂逅
1930年代に勃発し、41年にアメリカも参戦した第二次世界大戦。戦時中は船、兵器、ミリタリーウエアなどの製造の需要が高まることで必然的に多くのワークブーツが必要となり、この間にもウエスコは大きな成長を遂げた。そして大戦が終結し、戦勝国であるアメリカの景気が良くなると、国内全土でバイクレースが流行。労働者の作業靴であったエンジニアブーツは耐久性、防水性に優れたため、レーサーたちによって着用されるようになった。こうして単なる作業靴であったエンジニアブーツが、バイクというカルチャーと結びつき、一部の愛好家の間である種のファッションアイテムとして認知されるようになった。
1950~1960年代 ファッションアイテムとして徐々に認知されるように


バイカーたちの間での認知度は上がったとはいえ、まだまだファッションという観点からいえばコアな存在であったエンジニアブーツ。1950年代に入ると、バイカーを題材とした映画『The Wild One』(日本語タイトル「乱暴者」)が公開されるなど、バイカーズスタイルが一般層へと広がりを見せるようになった。その後、60年代には『Easy Rider』など、多くのバイカーズムービーが公開された。その影響もあり、ファッション感度の高い若者の間でエンジニアブーツの認知度は大きく向上した。
1970~1990年代 音楽カルチャーと結びつき一般層へと広がる
1970年代はヒッピーカルチャーの流行もあり、エンジニアブーツに関する大きな動きはなかったものの、80年代に入るとパンクロックなどのエネルギッシュな音楽カルチャーに火が付き、彼らがレザージャケットなどのバイカースタイルを取り入れたことでエンジニアブーツがファッションアイテムとして定着。日本でも、90年代にアメカジブーツが起こったことでより認知度が上がった。
2000年代~現在 ウエスコジャパンが始動幅広いカスタムオーダーが可能に

エンジニアブーツがファッションアイテムとしての地位を確立。2004年には「ウエスコジャパン」が始動し、ファッション感度の高い日本の市場に合わせてカスタマイズのラインナップを拡大させた。現在は、革の色や種類だけでなく、アウトソールやストラップ、ステッチなど幅広いカスタムが可能に。そして、90年代のアメカジブームを知る世代だけでなく若者や女性もエンジニアブーツをコーディネイトに取り入れるようになった。
(出典/「Lightning 2026年1月号 Vol.381」)