
魚は冷たい海に生きる変温動物です。
当然ながら、血液もまわりの海水と同じように冷たくなっています。
しかし、そんな常識を根底から覆す魚がいます。
それが英語で”ムーンフィッシュ”と呼ばれる深海魚「アカマンボウ」です。
2015年の研究で、この魚が「世界で唯一の温血魚」であることが判明しました。
深海という冷たい環境で、アカマンボウはいかにして血を温かく保っているのでしょうか?
目次
- 深海に潜む異端の魚「アカマンボウ」
- 魚の常識を破った「エラの熱交換システム」
深海に潜む異端の魚「アカマンボウ」
ムーンフィッシュは英語名で、日本語ではアカマンボウと呼ばれる大型の深海魚です。
マンボウという名前が付いていますが、いわゆるマンボウとは系統的にまったく別の魚です。
円盤のように平たい体と赤く縁取られた大きなヒレを持ち、全長は2メートル近く、体重は200キログラムを超えることもあります。
アカマンボウは外洋の深海を主な生活の場とし、イカや小魚などを捕食する肉食魚です。

長い間、その生態は謎に包まれており、「深海に住む鈍重な魚」だと考えられてきました。
しかし、この評価は2015年に大きく覆されます。
調査の結果、アカマンボウの体温が、周囲の海水より常に高いことが明らかになったのです。
しかも、筋肉だけでなく、心臓や脳まで含めた全身が温かい状態に保たれていました。
魚の常識を破った「エラの熱交換システム」
通常、魚はエラで酸素を取り込む際に、体内の熱を海水に奪われます。
そのため、魚の体温は周囲の水温とほぼ同じになります。
ところがアカマンボウのエラには、これまで魚では確認されていなかった特殊な構造がありました。
エラの内部では、温かい血液と冷たい血液がすれ違うように流れる向流熱交換が起きています。
心臓から出ていく温かい血液が、エラから戻る冷えた血液を再び温める仕組みです。
この構造によって、酸素交換による熱損失が最小限に抑えられます。
その結果、アカマンボウは周囲の海水より約5℃高い血液を維持できます。
これは哺乳類や鳥類と同じ「恒温性」であり、魚類としては前例のない特徴です。
この能力により、アカマンボウは冷たい深海でも視力や筋肉の反応を高く保ち、イカのような俊敏な獲物を追いかける活発な捕食者であることが分かってきました。
長距離の回遊が可能なのも、この温血性があってこそです。
現在のところ、全身が恒温である魚はアカマンボウだけです。
冷たい海で体を温めるという、一見不利に思える戦略は、結果として彼らに大きな優位性を与えました。
魚は冷血という思い込みは、アカマンボウによって静かに否定されました。
深海という極限環境が生み出したこの進化は、生命が常識に縛られず、多様な解決策を選んできたことを改めて教えてくれます。
ムーンフィッシュ、すなわちアカマンボウは、まさに「常識の外側」を泳ぐ存在なのです。
参考文献
Meet The Moonfish, The World’s Only Warm-Blooded Fish That’s 5°C Hotter Than Its Environment
https://www.iflscience.com/meet-the-moonfish-the-worlds-only-warm-blooded-fish-thats-5c-hotter-than-its-environment-82109
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

