
数百年生きる不老長寿の「ニシオンデンザメ」は、北極海の暗く冷たい深海を静かに泳ぎ続けています。
その目には寄生生物が付着していることも多く、長年「ほとんど見えていないのではないか」と考えられてきました。
しかし米カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)の最新研究は、この常識を大きく覆しました。
実はニシオンデンザメは、数百年もの長きにわたり、視力そのものをほとんど失わずに保ち続けている可能性が示されたのです。
では、このサメはいったいどのようにして、そんな離れ業を成し遂げているのでしょうか。
研究の詳細は2026年1月5日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 暗闇に特化した「退化しない目」
- 視力を守る鍵は「DNA修復力」にあった
暗闇に特化した「退化しない目」
ニシオンデンザメの生息域は、太陽光がほとんど届かない深海です。
そのため研究者たちは、網膜の構造や遺伝子を詳しく調べてみました。
すると意外なことに、ニシオンデンザメの網膜は崩れておらず、視覚に必要な層構造がすべて保たれていました。
しかも調べられた個体の中には、推定で100年以上生きたサメも含まれていましたが、加齢による網膜の壊死や細胞死はほとんど確認されなかったのです。
ただし、その視覚は人間のものとは大きく異なります。
ニシオンデンザメの網膜は、明るい環境で働く錐体(すいたい)細胞をほぼ失い、暗所視を担う桿体(かんたい)細胞だけで構成されていました。
視覚遺伝子を見ても、明るい場所用の遺伝子は壊れたり働かなくなったりしている一方、暗闇で光を感じるための遺伝子は完全な形で残され、しっかり発現していたのです。
さらに、暗い海でわずかな光を効率よく捉えるため、視物質ロドプシンは青い光に特化した性質を持っていました。
深海や高緯度の海では、青色光だけが比較的遠くまで届きます。
ニシオンデンザメの目は、その環境に合わせて徹底的に最適化されていたのです。
つまり視覚は衰えたのではなく、遺伝子レベルで「暗闇専用」に進化していたと考えられます。
視力を守る鍵は「DNA修復力」にあった
それでも謎は残ります。
どれほど暗闇に適応していても、数百年も生きれば、普通は細胞に傷が蓄積していくはずです。
人間では加齢とともに網膜細胞が失われ、視力低下が進みます。
ところがニシオンデンザメでは、そうした劣化がほとんど見られませんでした。
研究チームが注目したのが、DNA修復に関わる遺伝子です。
ニシオンデンザメの網膜では、DNAの損傷を修復する仕組みに関係する遺伝子が高いレベルで働いていました。
これらの遺伝子は、人間では正常に働かないと早期の老化や視力障害を引き起こすことが知られています。
つまりニシオンデンザメは、網膜細胞に生じる小さなダメージを、その都度修復し続けることで、長期間にわたって視覚組織を健全な状態に保っている可能性があるのです。
暗く冷たい環境と、強力なDNA修復能力の組み合わせが、視力の「長寿」を支えていると考えられます。
ニシオンデンザメは、目が退化した長寿のサメではありませんでした。
むしろ暗闇の世界で生き抜くために、視覚を徹底的に作り替え、さらにDNA修復という仕組みで数百年にわたりその機能を守り続けてきた存在だったのです。
この発見は、老化と視力低下が必然ではない可能性を示しています。
今回の成果は、ヒトの視力低下予防にも役立つと期待されています。
参考文献
Eye-opening research
https://news.uci.edu/2026/01/05/eye-opening-research/#:~:text=Published%20in%20Nature%20Communications%2C%20her,to%20extreme%20low%2Dlight%20conditions.
元論文
The visual system of the longest-living vertebrate, the Greenland shark
https://doi.org/10.1038/s41467-025-67429-6
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

