
誰しも、人から否定されたり拒絶されたりすると、少なからずストレスを感じるものです。
逆に、認められたり好意を示されたりすれば、自然と気分は高まります。
こうした「他人からの評価」は、私たちの感情や行動に強い影響を与えています。
中国の北京大学(Peking University)の研究チームは、この社会的評価に対する反応の仕方が、「謙虚さ」という性格特性によって大きく異なることを、脳スキャンによって明らかにしました。
謙虚な人は、拒絶に動揺しにくい一方で、他人から好意を向けられたときのうれしさは、きちんと感じているというのです。
この研究成果は、2025年10月29日付の『Human Brain Mapping』に掲載されました。
目次
- 謙虚な人は感情に振り回されにくいと判明
- 謙虚な人の脳は、拒絶で過剰に傷つかず、好意を素直に喜べる
謙虚な人は感情に振り回されにくいと判明
この研究の背景には、心理学でよく知られた「自己高揚(Self-enhancement)」という性質があります。
これは自分をより肯定的に捉えて、自尊心や自己肯定感を高めようとする傾向のことです。
確かに、人は基本的に、「自分をよく見せたい」「肯定的に評価されたい」という動機を持っています。
そのため、好意的に見られたり認められたりすると快感を覚えますが、否定的な評価や拒絶には強いストレスを感じがちです。
このストレスを和らげるため、多くの人は、嫌な気持ちを表に出さないように無理に押さえ込むという対処法をとります。
落ち込んだり腹が立ったりしても、それを顔や態度に出さないようにするやり方です。
しかし、先行研究では、こうした「感情を押し殺す」対処法は、つらさを根本的に減らせないだけでなく、うれしい気持ちまで感じにくくしてしまうことが指摘されてきました。
つまり、「傷つかないようにすると、喜びも減ってしまう」というジレンマが生じるのです。
そこで研究チームが注目したのが「謙虚さ(modesty)」です。
ここでいう謙虚さとは、自信がないことや自己評価が低いことではありません。
自分を社会の中心に置かず、より大きな世界の中の一部として捉える姿勢を指します。
自分だけに意識が向きすぎず、他者の存在や価値にも自然に目を向けられるスタイルです。
研究者たちは、この謙虚さがあれば、否定的評価で過度に傷つくことなく、しかも他人から好意的に見られたときの喜びを失わずに済むのではないかと考えました。
つまり、「拒絶には強く、好かれたときにはちゃんとうれしい」という、感情面で損をしにくい状態が生まれるのではないか、という仮説です。
この仮説を検証するため、研究チームは中国の大学生47人の若い成人を対象に実験を行いました。
参加者は事前に謙虚さの程度を質問紙で測定されたうえで、fMRIという脳スキャン装置の中に入り、社会的評価を受ける課題をこなしました。
実験では「社会的判断課題」と呼ばれる標準的な心理課題が用いられました。
参加者は、仲間のグループの顔写真を一枚ずつ見せられながら、「この人は自分を好きだと思うか」を事前に予測します。
その後で、「好き」「嫌い」という評価が画面に表示されます。
これにより、「予想どおり好かれた場合」「予想どおり嫌われた場合」「予想外に好かれた場合」「予想外に嫌われた場合」という4つの状況が人工的に作られました。
そして分析の結果、まず行動レベルでは、謙虚な人ほど、嫌な感情を無理に押さえ込むような対処をあまり使わないことが分かりました。
さらに、脳活動にも謙虚さの程度による明確な違いが見られました。
謙虚な人の脳は、社会的な評価に直面しても感情に振り回されにくかったのです。
では、その理由をより詳しく見ていきましょう。
謙虚な人の脳は、拒絶で過剰に傷つかず、好意を素直に喜べる
まず注目されたのは、「予想外の評価」を受け取ったときの脳の反応です。
研究では、「予想外の評価」と「予想どおりの評価」を比べたときの脳活動の差と、謙虚さの関係が調べられました。
謙虚さの低い参加者では、この差が大きくなっており、下頭頂小葉や上側頭回といった領域が強く動いていました。
これらの部位は、自分に関係する情報を処理したり、「自分はどう見られたのか」と考え込んだりする際に関与するとされています。
つまり予想が外れたときに、「なぜ自分がこんな評価をされたのか」という思考に強く引き込まれている状態だと言えます。
一方、謙虚な参加者では、同じ「予想外の評価」と「予想どおりの評価」を比べても、これらの領域の活動の差が小さく、有意に弱くなっていました。
研究者はこれを、謙虚な人が評価のズレを過度に「自分の問題」として抱え込まず、より落ち着いて受け止めている神経学的証拠だと解釈しています。
動揺しにくいのは、必死に感情を抑えているからではなく、そもそも自己中心的な考えに引き込まれにくいというわけです。
次に、他人から好意的に見られたときの反応です。
謙虚な人ほど、「好かれたとき」と「嫌われたとき」を比べたときに、腹内側前頭前野や腹側前帯状皮質と呼ばれる、報酬や価値判断に関わる脳領域で活動の差が大きくなっていました。
これは、謙虚であることが「褒められても嬉しくない」ことを意味しないどころか、人から好かれることを、きちんと価値ある出来事として感じていることを示しています。
さらに研究チームは、脳領域同士のつながりにも注目しました。
感情の価値づけに関わる腹内側前頭前野と、行動を抑える役割を持つ下前頭回とのつながりを調べたところ、謙虚な人では、「感情にブレーキを強くかける」のとは少し違うパターンが見られました。
これは、つらい感情を力づくで押し殺すよりも、「こういうこともある」と状況を捉え直すことで、気持ちを整えている可能性を示しています。
行動データでも、謙虚な人は予想どおり好かれた場面で、より高いポジティブな感情を報告していました。
つまり、脳の活動と自己報告の両方から見て、謙虚な人は「拒絶に対しては過剰に傷つかず、人から好かれたときにはきちんとうれしい」という感情パターンを示していたのです。
もちろん、この研究には限界もあります。
参加者が中国の大学生に限られているため、文化差の影響は否定できません。
また、実験は写真と二択のフィードバックによる、比較的単純なやり取りに基づいています。
現実の人間関係は、時間をかけて築かれ、相手との歴史や文脈も絡み合う、より複雑なものです。
今後の研究では、文化の異なる集団を比較したり、長期的な人間関係の中でのフィードバックが、謙虚な人の心と脳にどのような影響を与えるのかを調べていくことが課題になるでしょう。
また、社会不安が強い人などに対して、「一時的にでも自分への注目を下げる」という謙虚さに近い心の持ち方をトレーニングすることで、拒絶への耐性を高められるかどうかも、今後の重要なテーマになりそうです。
自分に過度にこだわらないことが、傷つきにくさと喜びの両立につながる可能性があるという点で、この研究は「謙虚さ」という性格の意味を脳レベルで改めて照らし出したと言えるでしょう。
参考文献
Brain scans reveal an emotional advantage for modest people
https://www.psypost.org/brain-scans-reveal-an-emotional-advantage-for-modest-people/
元論文
“Take the Rough With the Smooth”: Modesty Modulates Neurocognitive and Emotional Processing of Social Feedback
https://doi.org/10.1002/hbm.70395
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

