試合開始から、わずか20分――。
足を引きずり、そのままコート中央に倒れる世界ランキング1位の姿に、1万人超の有明コロシアムの観客は、小さく悲鳴を上げ息を飲んだ。
カルロス・アルカラス(スペイン)の、初来日にして、ジャパンオープンデビュー戦。完売となったプラチナチケットを手にしたファンの多くは、先の全米オープンを制し世界1位に返り咲いたばかりの22歳を見られる時を、心待ちにしていただろう。アルカラス入場時の拍手と歓声が、その事実を物語ってもいた。
その彼が、顔に手を当て倒れたまま、立ち上がる気配すらない。対戦相手のセバスチャン・バエス(アルゼンチン/同41位)も、ネットを越えて心配そうに、アルカラスの下へと歩みよる。
トレーナーが呼ばれるも、試合続行は不可能では……。心配と落胆が混然となる悲痛な空気が、コロシアムに垂れこめた。
左足首にテーピングを巻いてもらったアルカラスは、靴を履き、状態を確かめるように軽く飛び跳ねる。ただその様子を見てもなお、転倒時の状況を思えば、彼が最後まで戦いきる姿を想像するのは難しかった。
「あれは、不運だった」と、後にアルカラスは件の場面を振り返る。
「ドロップショットを拾おうとして走り出した時に、足首に痛みを覚えた。ひねった最初の数分は、かなり悪いのではと感じた。ただ、しばらくすると痛みはましになり、ベンチまで歩いていくことができた時には、かなりホッとした」
本人も、「続けるのは無理だ」と思った状態から、希望を抱いて戻ったコート。その最初の数ポイントは、本人もおっかなびっくり、状態を確かめるような動きではあった。
ただ直後のサービスゲームでは、好サーブを連発して簡単にキープ。その後もサービスは好調で、動きをセーブしポイントを重ねた。
そうしてゲームカウント4-4で迎えた、リターンゲーム。3連続ポイントを許すも、続く場面では豪快な逆クロスを打ち込み、すぐさまネットに出てボレーを沈めた。
このプレーで彼は、動きへの自信を深めただろうか。4ポイント連取で、ブレークチャンスをつかんだ。この機は相手のサービスで凌がれるも、ストロークは従来の威力を取り戻しつつある。最後はバックのリターンで押し込み、棄権の機運から一転、第1セット終盤でブレークに成功した。
このまま勢いに乗るかと思われた、サービスゲーム。ところがこの時点で、今度は降雨に見舞われた。
「正直、寒くなり痛みが出るのではと不安になった」ことを、アルカラスは隠さない。ただ結果的には、屋根を閉めるため中断になったことは、幸運だったかもしれない。試合再開後のアルカラスは、明らかに鋭さを増す。ラブゲームでサービスをキープし、まずは第1セットを奪取した。
第2セットは開始早々、フォアの強打やドロップショットで、次々にウイナーを決めてブレークする。屋根の閉じたコロシアムに、爆発音のようなフォアのインパクト音が轟くたび、客席から「オオッ!」と驚きの声が漏れた。対するバエスも、小柄な身体でコートを縦横に駆け、カウンターやドロップショットで活路を見い出すべく応戦する。ただラリー交換を重ねるにつれ、アルカラスの豪打に押され、状況が不利になるのは否めない。
終わってみれば、第2セットは6-2。コロシアムを震わす歓声に、右手の拳を突き上げ応えるアルカラス。手負いの世界1位が、なぜチャンピオンであるかを、そのプレーで雄弁に語ってみせた。
試合の約1時間後――。特に足を引きずるでもなく、いつものショーツにパーカー姿で、アルカラスは会見室に姿を現した。
「最後までプレーができて、良かった」と安堵に表情を緩めるも、「この先」については慎重に言葉を選ぶ。
「ここからの1日半が、とても重要になる。良い状態でプレーできるように、あらゆる手を尽くすつもりだ」
アルカラスの2回戦が組まれたのは、27日(土)のセンターコートの4試合目。果たして彼は、どのようなプレーを見せてくれるのか。あるいは……。
答えは自ずと、その時に出る。
取材・文●内田暁
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