
もし、体の中で起きている「精子づくり」の様子を、外からそのまま観察できたらどうなるでしょうか。
実は今、精子が作られる過程を“光”として直接見られるマウスが開発され、男性不妊や環境汚染の研究を大きく変える可能性が注目されています。
「光る精子」という一見ユニークな成果の裏には、生殖研究の長年の課題を解決する画期的な技術が隠されていました。
研究の詳細は北海道大学らにより、2026年1月4日付で科学雑誌『MedComm』に掲載されています。
目次
- これまで「精子づくり」はなぜ調べにくかったのか
- 精子が光る?世界初の“可視化マウス”の正体
これまで「精子づくり」はなぜ調べにくかったのか
男性の生殖機能に悪影響を与える薬剤や化学物質、放射線の影響を調べる「生殖毒性試験」は、新薬開発や環境リスク評価に欠かせない工程です。
しかし、これまでの方法には大きな問題がありました。
従来の評価では、マウスを実際に交配させて妊娠するかどうかを確認したり、精巣を取り出して組織を詳しく調べたりする必要がありました。
そのため、結果が出るまでに長い時間がかかるだけでなく、多くの動物を使わなければなりませんでした。
さらに、精子づくりのどの段階で異常が起きたのか、時間とともに回復するのかといった点は、同じ個体を使って追い続けることができず、詳しく調べるのが難しいという課題もありました。
こうした背景から、「生きたまま」「同じ個体で」「時間の流れに沿って」精子形成を調べられる方法が、長年求められてきたのです。
精子が光る?世界初の“可視化マウス”の正体
そこで研究チームが開発したのが、「光る精子」をもつ特殊なマウスです。
このマウスでは、精子が作られる途中段階の生殖細胞が、ルシフェリンという発光物質を投与すると発光するように遺伝子が組み込まれています。
仕組みは意外とシンプルです。
精子形成の途中でだけ働く遺伝子に、光を出す酵素の遺伝子を結合させました。
その結果、精子づくりが順調に進んでいるときには光が見え、異常が起きると光が弱くなったり消えたりするのです。

この光は体の外から専用のカメラで観察でき、しかも体を傷つける必要がありません。
同じマウスを1年以上にわたって観察し続けることも可能です。
実際に放射線を照射する実験では、精子形成が止まると光が消え、回復すると再び光る様子がはっきり確認されました。
放射線量が少ない場合は光が戻りましたが、量が多い場合は回復せず、不可逆的な障害になることも一目で分かりました。
つまりこのマウスを使えば、「いつ」「どの程度」「どこまで」生殖機能が傷つき、回復するのかを、生きたまま連続的に追跡できるのです。
「光る精子」が切り開く新しい生殖研究
「光る精子」という言葉はインパクトがありますが、この研究の本当の価値は、男性の生殖機能をこれまでになく正確に、しかも効率よく評価できる点にあります。
交配や解剖に頼らず、同じ個体を長期間観察できるため、研究に使う動物の数を減らすことにもつながります。
これは国際的に重視されている「動物実験の原則」にも合致する重要な進歩です。
将来的には、新薬の安全性確認だけでなく、環境汚染が男性不妊に与える影響や、がん治療後の生殖機能回復を調べる研究にも応用が期待されています。
体の中で起きている変化を「光」として直接見る。
そんな一見不思議な発想が、男性の健康と未来を守る新たな研究の扉を開きつつあります。
参考文献
「光る精子」をもつ精子形成可視化マウスの開発に成功 ~革新的な生殖毒性スクリーニング技術・イノベーションの創出に期待~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20260106/index.html
元論文
Longitudinal Analysis of Male Fertility Using an Acr-Luc Knock-In Mouse Model: A Preclinical Platform for Reproductive Toxicity Testing
https://doi.org/10.1002/mco2.70568
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

