
12月5日に16歳の誕生日を迎えた俳優・黒川想矢。2025年6月に公開され、メガヒットを記録している映画「国宝」への出演で2025年のエンタメ界をにぎわせた1人だ。だが、さかのぼること2年、スクリーンデビュー作の「怪物」(2023年)でも既に鮮烈な印象を放っていた。12月9日にLeminoで配信された「怪物」での演技を振り返りながら、その魅力を探ってみたい。(以下、ネタバレを含みます)
■直談判で“舘プロ”入り…俳優の道に突き進む
2009年12月5日生まれの黒川は、5歳から芸能活動をスタートさせていて芸歴は既に11年。CMやスチール媒体などで活躍のほか、俳優としては「トーキョーエイリアンブラザーズ」(2018年、日本テレビ系)でデビューし、「連続殺人鬼カエル男」(2020年、カンテレ)、「剣樹抄~光圀公と俺~」(2021年、NHK BSプレミアム)など、ドラマ出演を重ねていく。
メインキャストで出演した時代劇「剣樹抄~光圀公と俺~」では運命の出会いがあった。実は、同作の撮影の頃、黒川は中学校への進学を控えて勉強に集中するため芸能界引退を考えていたが、共演した舘ひろしに憧れを抱く。黒川は、舘が2021年に設立した芸能事務所「舘プロ」に入れてほしいと直談判し、2022年1月1日付で同事務所の所属となった。
もしかしたら途切れてしまう可能性もあった俳優への道。映画「怪物」は、あらためて俳優への思いを強くして挑んだ2022年に撮影され、2023年に劇場公開された作品となる。
■映画初出演&初主演の「怪物」
安藤サクラ、永山瑛太、柊木陽太と共に黒川が主演した「怪物」は、坂元裕二が脚本を手掛け、是枝裕和監督がメガホンをとった。黒川が演じたのは、シングルマザーである早織(安藤)と暮らす小学5年生の麦野湊。
是枝監督といえば、「誰も知らない」で主演した柳楽優弥を2004年の第57回カンヌ国際映画祭で史上最年少&日本人初の最優秀男優賞受賞に導いたことでも知られる。その作品も含め、是枝監督は子役には台本を渡さずに口頭でセリフを伝えるという演出が特徴的だったが、「怪物」では黒川と柊木の要望で台本が事前に渡されたという。
「怪物」が第76回カンヌ国際映画祭に正式出品(※脚本賞とクィア・パルム賞の2冠に輝いた)が決まった際に寄せたコメントで、黒川は「僕は最初、どんな演技をしようとか、上手に演じたい!とか自分の事ばかり考えていました。是枝監督の演出からは、どうやって芝居をするのかではなく、ただ湊として動けばいいということが感じ取られ、腑に落ちた気がしました。また、僕が表現に悩んでいる時に瑛太さんから『俳優は監督の脳みそにあるものを表現するもの』というアドバイスをいただき、俳優としての心構えが一変しました」と語っている。

■「怪物」で発揮した、感情を見る者に伝える見事な演技
物語の舞台となるのは、大きな湖のある郊外の街。雑居ビルで火災が起きた日から、嵐の日に湊と同級生の星川依里(柊木)が姿を消すまでが、早織、湊たちの担任教師の保利(永山)、そして湊と、主に3人の視点が移り変わって描かれていく。武士が殺害された事件を3者の異なる視点で描いた日本映画の巨匠・黒澤明監督の「羅生門」(1950年)にちなみ、“羅生門構造”と呼ばれる演出手法だ。
同じものが視点を変えて映し出されることで、物語の核となるものにグッと迫っていくのだが、それは演出や脚本の手腕はもちろんのこと、演者にも巧みな心理描写への表現が求められる。
最初の早織の視点では、突然髪を切ったり、靴を片方失くしたり、水筒に泥が入っていたり、学校で湊がいじめられているのではないか、それは保利も行っているのではないかとなり、保利がかなり変わった、信用できない人物として浮かび上がる。
そんな中、湊が夜遅くに廃線跡のトンネルに出かけ、迎えに来た早織の車から突然飛び降りる行動に出るシーン。病院で念のためCT検査を受けた帰り、湊は自分の脳の心配をするのだが、早織は異常なかったと答える。だが、「湊の脳は、豚の脳と入れ替えられているんだよ」と、保利に言われたことを嘆いて走り出す湊。そのとき、カメラは早織を捉えているのだが、画面外で「そういうところなんか変っていうかさ、化け物っていうかさ…」と涙声になっている湊の言葉に胸がギュッと締め付けられる。表情もしぐさもないところで湊の心の苦しみが伝わる、黒川のセリフ回しが素晴らしかった。
次の保利の視点では、学校生活での湊の様子が浮かび上がる。教室で暴れる湊の姿は、何か行き場のない思いが爆発しているようで切なくなった。
そして湊の視点での、依里との関係性。学校では「みんなの前で話し掛けないで」と言いつつ、誰の目もない下校時には「ごめん」と謝って一緒に過ごす。依里に髪を触られてこぶしを握ったり、依里と離れるかもしれないとなってたまらず憎まれ口をたたいたり、突き放したり、戸惑いや動揺、悲しみの繊細な表現から、共に依里と廃線跡に残された電車の中で楽しい時間を過ごすときのくったくのない笑顔まで、場面場面での表情で湊というキャラクターを深く掘り下げ、際立たせる。
■「湊の気持ちをコップの中の『水』で表現しました」
表情で秀逸なのは、依里に「いなくなったら嫌だよ」と言う廃線跡の電車の中のシーンなど多々あるのだが、一つ加えておきたいのは、小学校の校長・伏見(田中裕子)に思いを打ち明けてからの音楽室でのシーン。とがめることなく、理解してくれるともいえる伏見の言葉にキュッと口を結んだり、フッと笑みを浮かべる湊。その一瞬の表情に心をつかまれたまま、余韻の残るクライマックスへと誘われる。
この伏見とのシーンに関して、ロケ地となった長野・諏訪市の諏訪圏フィルムコミッションのサイトに掲載されたインタビューで黒川が明かしたことがある。是枝監督から「感情を『痛み』とか『感覚』に代えてやってみてねとか、感情を何か『容器』に例えてやってみたらどうかなとか」という演技方法を教えてもらった中、湊が伏見に話し掛けられるきっかけになるベランダに水の入ったコップを持って出たのは黒川自身が考えたことだという。「こぼれそうな湊の気持ちをコップの中の『水』で表現しました」と黒川。
湊たちの行動、出来事が、物語が進むにつれて答え合わせのように真実があらわになっていく。監督や安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子という実力派の俳優たちと向き合いながら、主人公の1人として的確な演技プランも用意するまでになって挑んだ黒川。第47回日本アカデミー賞では、柊木とそろって新人俳優賞に選出され、第66回ブルーリボン賞でも新人賞を受賞し、タイトルにちなんで“怪物級”ともいわれた演技力が認められた。

■2025年最大のヒット作「国宝」での快演へと進化
「怪物」での演技経験を経て、黒川の快進撃が始まった。
月島琉衣とW主演したドラマ「からかい上手の高木さん」(2024年、TBS系)では、隣の席の高木さんに何かとからかわれる中学2年生の西方役で、コメディーの実力を発揮。からかいたくなるほどのかわいくて、甘酸っぱい青春真っただ中の西方をみずみずしく演じて視聴者を魅了した。
映画「BISHU~世界でいちばん優しい服~」(2024年)では発達障がいの中学生を繊細に演じ、ドラマ「【推しの子】」、映画「【推しの子】-The Final Act-」(2024年)ではキーマンとなるカミキヒカル(二宮和也)の少年時代で存在感を出した。
そして2025年は、歴代邦画実写映画の興行収入1位という記録的ヒットとなった「国宝」で、吉沢亮演じる主人公・喜久雄の少年時代で映画ファンを圧倒する演技を見せた。
任侠の一門に生まれながら、歌舞伎役者の家に引き取られて芸の道に人生を捧げる喜久雄。喜久雄は任侠一門の新年会で歌舞伎の1シーンを余興として披露するのだが、息をのむほどに美しい女形として登場する。喜久雄を引き取ることになる上方歌舞伎の名門当主・花井半二郎(渡辺謙)が瞬時に引き付けられる、原石ともいうべき才能をそこで見せなければ物語は始まらない。それを黒川は見事にやってのけた。
抗争に巻き込まれた実父を目の前で失うとき、半二郎に引き取られて厳しい稽古に必死に付いていくとき、喜久雄の感情が見えるハッとする一瞬の表情は健在で、そこはかとない色気を漂わせながら、吉沢へとつないだ。
「怪物」のときには感じられなかった色気。その色気は、吉沢が劇場公開の初日舞台あいさつで「色っぽ過ぎて『ヤバいなぁ…』と思って。いい意味でプレッシャーも刺激ももらいました」と語ったほど。男性が女性を演じる女形という特殊な役を見事に形にした進化に驚かされた。劇場公開時のSNSでも「怪物」の湊だったのかと驚がくする声が続出した。吉沢や喜久雄のライバルで半二郎の息子・俊介を演じた横浜流星と並ぶ、“国宝級”といっていい演技だ。
「国宝」と、それに次いで公開された「この夏の星を見る」の演技で、「第17回TAMA映画賞」の最優秀新進男優賞を受賞した黒川。授賞式では今も歌舞伎の稽古を続けていることも打ち明けていた。
これまで主人公などの少年時代を演じることも多かった黒川だが、これからは主役として物語をけん引していくようになるだろう。「怪物」から「国宝」までの2年で吸収した、感情の深淵を見せる表現力は紛れもなく“本物”のそれであり、今後ますます進化していくはずだ。
◆文=ザテレビジョンシネマ部

