
湖や沼と聞くと、私たちは魚や水草、あるいは水鳥の姿を思い浮かべます。
しかし実は、その静かな水面の下には、生命の進化の歴史を塗り替えるかもしれない存在が潜んでいるのです。
このほど、東京理科大学らの研究で、茨城県の牛久沼から新種の巨大ウイルス「ウシクウイルス」が発見されました。
このウイルスは、宿主となるアメーバを異常に肥大化させ、さらに真核生物の進化の起源に関わる可能性まで秘めた、極めて特異な存在であると見られます。
研究の詳細は2025年11月24日付で科学雑誌『Journal of Virology』に掲載されました。
目次
- 牛久沼で見つかった「異様な巨大ウイルス」
- 宿主を肥大化させ、細胞核の謎に迫る
牛久沼で見つかった「異様な巨大ウイルス」
今回発見されたウシクウイルスは、巨大ウイルスと呼ばれる一群に属します。
巨大ウイルスとは、通常のウイルスとは異なり、光学顕微鏡でも観察できるほど大きな粒子と、非常に長いゲノムをもつウイルスの総称です。
研究チームは牛久沼の環境試料を調べる中で、アメーバの一種であるヴェルムアメーバに感染する未知のウイルスを分離しました。

ゲノム解析の結果、このウイルスは少なくとも約65万塩基対、784個もの遺伝子をもつことが判明しました。
これは、これまで知られていた同系統の巨大ウイルスと同等、あるいはそれ以上の規模です。
さらに注目すべき点は、その遺伝子の半数以上が、既存のデータベースに類似配列をもたない「オーファン遺伝子」だったことです。
つまり、ウシクウイルスは、これまで人類がほとんど触れたことのない遺伝情報を大量に抱えた、未知性の高い存在だったのです。
系統解析からは、このウイルスがメドゥーサウイルスなどを含む「マモノウイルス科」に属しつつも、異なる進化の道を歩んできたことも明らかになりました。
宿主を肥大化させ、細胞核の謎に迫る
ウシクウイルスの最大の特徴は、その感染様式にあります。
感染したヴェルムアメーバは通常の約2倍にまで肥大化するという、極めて特異な細胞変性効果を示しました。
これは、既知の近縁ウイルスでは確認されていない現象です。
また、ウイルス粒子の表面には、カプシド(ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻のこと)の最上部に「キャップ構造」をもつスパイクが存在し、その一部は繊維状の形態をとっていました。
この構造には糖鎖が含まれている可能性があり、宿主細胞との相互作用に関与していると考えられています。

ウイルスの複製過程も特異的です。
ウシクウイルスは細胞内にウイルス工場を形成し、その過程で宿主の核膜を破壊することが確認されました。
これは、マモノウイルス科が「細胞核」と深く関わる存在であることを、改めて示す結果です。
近年、巨大ウイルスの祖先が、真核生物の祖先である原核生物に感染・共生した結果、真核生物の細胞核が誕生したとする「細胞核ウイルス起源説」が注目されています。
ウシクウイルスのような存在は、この仮説を検証するための、極めて重要な手がかりになると考えられます。
沼の底から見えてきた生命進化の核心
一見すると静かな地方の沼地から、真核生物の進化に迫る新種の巨大ウイルスが見つかりました。
ウシクウイルスは、単なる珍しいウイルスではなく、細胞核の起源という生命史最大級の謎に光を当てる存在です。
今後、同系統の巨大ウイルスがさらに発見されていけば、ウイルスは「病原体」という枠を超え、生命進化の立役者として再評価されるかもしれません。
参考文献
新種の巨大ウイルス「ウシクウイルス」を茨城県牛久沼から発見 ~ユニークなカプシド構造をもち、宿主細胞を肥大化させる新ウイルス、 真核生物の進化の謎を解く鍵に~
https://www.excells.orion.ac.jp/news/13309
元論文
A newly isolated giant virus, ushikuvirus, is closely related to clandestinovirus and shows a unique capsid surface structure and host cell interactions
https://journals.asm.org/doi/full/10.1128/jvi.01206-25
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

