
獲物に矢を放ち、すぐに倒れるのを待つのではなく、毒が回るのを見越して追い続ける。
そんな高度な狩猟戦略が、6万年前にすでに発明されていたとしたらどうでしょうか。
このほど、スウェーデン・ストックホルム大学(Stockholm University)の最新研究で、南アフリカの遺跡から出土した石製の矢尻を調べた結果、世界最古となる「毒矢」の直接的証拠が見つかったのです。
人類の知恵は、想像以上に早い段階で“見えない力”を操っていたようです。
研究の詳細は2026年1月7日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- 6万年前の矢尻に残っていた「毒」の正体
- 毒矢が示す「高度な思考力」と技術文化
6万年前の矢尻に残っていた「毒」の正体
今回注目されたのは、南アフリカ共和国クワズールー・ナタール州にあるウムラトゥザナ岩陰遺跡から出土した石英製の矢尻です。
この遺跡は1985年に発掘され、約6万年前の地層から多数の石器が見つかっていましたが、矢尻の表面に残る微細な物質まで詳しく調べられることはありませんでした。
【調査された実際の矢尻の画像がこちら】
今回、研究チームはその中から残留物が確認できる10点の矢尻を選び、ガスクロマトグラフィー質量分析法で化学分析を実施。
その結果、5点の矢尻から植物由来の毒性アルカロイド「ブファンドリン」が検出され、さらに1点からは「エピブファニシン」も見つかりました。
これらの物質はいずれも、アフリカ南部に自生するブーフォン・ディスティカ(Boophone disticha、現地で「ポイズン・バルブ」とも呼ばれる植物)に含まれる毒成分として知られています。
この植物は歴史時代においても、スプリングボックなどを狩る際の矢毒として使われてきた記録があります。
チームは、6万年前の矢尻にも同じ植物由来の毒が塗られていた可能性が高いと結論づけました。
重要なのは、この毒が「即死性」ではない点です。
小型の動物であれば30分ほどで致命的な影響を与えるものの、大型の獲物の場合は動きを鈍らせ、疲弊させる効果が主だったと考えられます。
これは、獲物を長時間追いかける持久狩猟と相性の良い毒だったと言えます。
毒矢が示す「高度な思考力」と技術文化
この発見が画期的なのは、単に毒を使っていた事実だけではありません。
毒は物理的な力とは異なり、時間をかけて化学的に作用します。
そのため、狩人たちは「今矢を放てば、しばらくして獲物が弱る」という因果関係を理解し、先を見越して行動していた必要があります。
つまり、計画性や抽象的思考、経験に基づく判断力が求められる狩猟方法だったのです。
【矢尻に塗られたとみられる毒性植物の画像がこちら】
これまで、アフリカにおける毒武器の最古の直接証拠は約7000年前とされていました。
それが今回、一気に5万年以上もさかのぼったことで、人類が植物の薬理作用を深く理解していた時期が大きく書き換えられました。
研究者は、植物を食料や道具材料として使うだけでなく、その生化学的性質を意図的に利用していた点が重要だと指摘しています。
また、この矢毒は単一成分で構成されていた可能性が高く、後の時代に見られる複雑な「調合型の毒」よりもシンプルでした。
これは、毒矢という技術がまず比較的単純な形で誕生し、長い時間をかけて洗練されていったことを示唆しています。
6万年前の狩猟採集民は、ただ力や道具だけに頼って生きていたわけではありませんでした。
目に見えない毒の作用を理解し、時間差で効く効果を計算に入れ、狩り全体を設計していたのです。
今回発見された世界最古の毒矢は、人類が非常に早い段階から高度な知識と戦略を身につけていたことを静かに物語っています。
石器時代の狩人たちは、すでに「知恵で獲物を仕留める」存在だったのです。
参考文献
Earliest Direct Evidence of Poisoned Arrows Revealed in 60,000-Year-Old Relics
https://www.sciencealert.com/earliest-direct-evidence-of-poisoned-arrows-revealed-in-60000-year-old-relics
60,000-year-old poison arrows from South Africa are the oldest poison weapons ever discovered
https://www.livescience.com/archaeology/60-000-year-old-poison-arrows-from-south-africa-are-the-oldest-poison-weapons-ever-discovered
元論文
Direct evidence for poison use on microlithic arrowheads in Southern Africa at 60,000 years ago
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adz3281
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

