日本の伝統文化と聞くと、どこか遠い世界の話のように感じる人も多いかもしれません。けれど、その考え方や姿勢は、今を生きる私たちの仕事や生き方とも、静かにつながっています。
京都で行われた、いけばな草月流家元による大学院での講義は、まさにそんな気づきを与えてくれる出来事でした。花をいけるという行為を通して語られたのは、型に縛られない発想や、選び続けることの意味、そして変わり続ける勇気です。
伝統とは、守るだけのものではなく、時代とともに育てていくもの。草月流が長年大切にしてきたその姿勢は、ビジネスの現場に立つ人たちにとっても、決して他人事ではありません。今回の講義は、文化と社会が交わる場所に生まれた、小さくも確かな対話の場だったように思えます。
なぜ今、いけばながビジネスの場で語られるのか

今回の講義が行われたのは、京都大学経営管理大学院です。経営や組織運営を学ぶ場で、日本の伝統文化であるいけばなが語られたことに、少し意外性を感じた人もいるかもしれません。
この講義は、文化を学ぶための特別な授業というよりも、「考え方」に触れる時間として位置づけられていました。草月流が長年大切にしてきたのは、花を美しくいける技術そのものだけではなく、物事をどう捉え、どう選び、どう形にしていくかという姿勢です。その考え方は、分野が違っても、人が何かを生み出す場面で共通して求められるものでもあります。

ビジネスの世界では、正解のない問いに向き合い続けることが日常です。だからこそ、型を学びながらも型にとらわれない草月流の思想が、経営を学ぶ場と自然に結びついたのではないでしょうか。大学という知の場で行われた今回の講義は、伝統文化が現代社会と静かにつながる一つの象徴的な出来事だったように感じられます。
型から始まる自由 草月流が大切にしてきた創造の考え方

いけばな草月流の特徴として、よく語られるのが「自由」という言葉です。ただし、その自由は、思いつきや感覚だけで成り立つものではありません。草月流では、まず基礎を学ぶことをとても大切にしています。
草月流を創流した勅使河原蒼風は、決まった型を「完成形」ではなく、「出発点」として捉えました。型通りにいけることがゴールなのではなく、型を身につけた先に、それぞれの表現が広がっていくという考え方です。自由に表現するためには、自由を支える土台が必要だという発想は、いけばなに限らず、多くの分野にも通じるものがあります。
また、草月流のいけばなは、選択の連続でもあります。どの枝を残すのか、どこに花をいけるか、色や器をどう組み合わせるのか。その空間で、誰が、どのように見るのかまで含めて考えることが求められます。正解が一つではない中で、自分なりの答えを選び取っていく。その積み重ねが、作品として形になります。
草月流では、こうした考え方を「場にいける」という言葉で表現しています。
花だけを見るのではなく、その場に何がふさわしいのかを考え、選び取り、形にしていく姿勢を大切にしています。この柔軟な視点こそが、草月流が長く受け継いできた創造の核なのかもしれません。
