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『ばけばけ』母と早くに別れ「2人のママさん」がうれしいヘブン先生 小泉八雲の母も父に「捨てられていた」?

『ばけばけ』母と早くに別れ「2人のママさん」がうれしいヘブン先生 小泉八雲の母も父に「捨てられていた」?


『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)

【画像】え…っ! 「めっちゃ立派やん」「美しい」 コチラがトキとヘブンが今後引っ越す「武家屋敷」の現存する姿です

ふたりのママさんがうれしいヘブン

 2025年後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、1890年に来日し、『知られぬ日本の面影』『怪談』などの名作文学を残した小泉八雲さん(パトリック・ラフカディオ・ハーン)と、彼を支え、「再話文学」の元ネタとなるさまざまな怪談を語った、妻・小泉セツさんがモデルの物語です。

 第14週では、ついに結ばれた主人公「松野トキ(演:高石あかり)」と「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」の結婚披露パーティーが開かれました。松野家と雨清水家がさまざまな秘密を「建前」として隠していたため、ヘブンが「ウソ キライ!ミンナ ウソツキ!」と怒る場面もありましたが、最終的にそれぞれが正直な気持ちを話し、家族はひとつになります。

 特に70話でトキのふたりの母、養母「松野フミ(演:池脇千鶴)」と実母「雨清水タエ(演:北川景子)」に対し、ヘブンが「ワタシ、ママ、ハヤクワカレル、アリマシタ」「ママサン、フタリ、ウレシイデス」と語りかけるシーンは視聴者の感動を呼んだようです。

 幼少期に母と生き別れたというヘブンは以前、自分の父が母を捨てたため「ユルセナイ」と語ったこともありました。これらのエピソードは、モデルのラフカディオ・ハーンさんの幼少期の実話に基づいています。

 ハーンさんの父・チャールズさんは、イギリス軍の軍医としてギリシャに赴任していたときに現地でローザ・アントニウ・カシマチさんと出会って結婚し、1850年6月にギリシャのレフカダ島でハーンさんが生まれました。

 その後、母・ローザさんは1852年にチャールズさんの実家があるアイルランドのダブリンに移住した後、寒い風土や文化が合わずに精神を病み、1854年にハーンさんを置いてギリシャに帰ってしまいます。ハーンさんは当時わずか4歳で、母と永遠に別れることになりました。この頃、チャールズさんはクリミア戦争で出征しており、ハーンさんは父方の大叔母サラ・ブレナンさんの家に預けられ、孤独な幼少時代を過ごしたそうです。

 その後の1857年1月、チャールズさんは裁判で、ギリシャであげた結婚式はイギリスでは効力がないと主張して、ローザさんとの結婚を「無効」にして離婚します。彼は離婚前から、初恋の人だったアリシア・ゴスリン・クロフォードさんという未亡人と再会して恋仲になっていたそうで、彼女と再婚してインドに赴任し新しく家族を作りました。ハーンさんは、家を空けることが多かった父とは、生涯で5回ほどしか会ったことがなかったそうです。

 ハーンさんは、ローザさんがギリシャに帰ってから産んだ弟・ジェームズさん宛の手紙で、「お母さんは一文無しでひと言の英語も喋れず、一人ぼっちで異国にいた…私はお母さんをこれっぽっちも悪く思っていない…お母さんの立場はひどかった。酷いものだった」という手紙を送っていました。ハーンさんは生涯にわたって、母に同情的だったと言います。

 ハーンさんが幼いときから働いて苦労をしており、離婚も経験していた小泉セツさんに惹かれたのも、ローザさんに重なる部分があったからではないかという説もあるようです。

 ちなみに70話で登場した「ママさん」という呼び方は、ハーンさんがセツさんを呼ぶ際に使っていた呼称でもあります。セツさんは後年の手記『思ひ出の記』のなかで、彼から何度もママさんと呼ばれたことを振り返っていました。1893年11月には長男の一雄さんが生まれているので、『ばけばけ』でもそのうちヘブンがトキを「ママさん」と呼び出すと思われます。
 
※高石あかりさんの「高」は正式には「はしごだか」

参考書籍:『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』(中央公論新社)

配信元: マグミクス

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