
70代を迎えたカースケこと津村浩介と、大学時代の同級生のオメダこと神崎隆夫、カースケの小学校の先輩であるグズ六こと熊沢伸六の3人の付き合いは、すでに50年以上となった。カースケは小さな町工場を経営し、オメダは鳥取県の米子市長となり、グズ六は介護施設の理事長として、それぞれ平穏な日々を過ごしている。そんなある日、カースケの工場にオメダが訪ねてくるが、オメダは思いつめた様子ですぐに帰ってしまう。また別の日、カースケの工場で製作中のポットが大量に割られる事件が発生。そこで懐かしい砂時計を見つけたカースケは20年前に病死した元恋人・洋子との思い出を懐かしむが、グズ六から彼女が生きているという驚きの情報を聞かされる。カースケ役の中村、グズ六役の秋野太作、オメダ役の田中健、オメダの妹、真弓役の岡田奈々らオリジナルキャストが集結した。
■「3人が画面に揃えば『俺たちの旅だ!』と観てくれる人も多いはず」

放送50周年を迎えたドラマが映画になること、そして監督を務めることについては「ビックリ」とコメントしていた中村は、公開を控え初めての気持ちを味わっていると微笑む。「役者として舞台挨拶の経験は何度もあって。『みなさん観てね!』『楽しんでね!』と言うのとは違って、監督をやらせてもらったので別の気持ちがいっぱい湧き出ているところです。『楽しんでくれるのか』『どういう感想を持つのだろうか』『満足してくれるだろうか』と複雑な気持ちでいっぱいというのが正直なところ。ただ、これで、もしみなさんの反応がよくて興行成績もよかったら『どんなもんだい!』って俺が一番思う気がしています。もう、自慢してやまない、みたいな(笑)。そうなるくらい今回、監督という職業の大変さみたいなものを1年間じっくりと味わいました」。

いざ、撮影に入ると前作から20年も経っているとはまったく感じられないほど、みんなが役になりきっていたという。しかし、撮影に入るまでのプロセスに時間も労力もたくさん費やしたと振り返る。「大変だったのは、撮影に入る前までのいろいろな決め事。この台本で行こう!となるまでのプロセスも大変だったし、いろいろな交渉ごとや説得なども難しかったし、原作・脚本の鎌田(敏夫)さんとも話し合いを重ねて。GOが出るまでというか、撮影に入るまでが想像以上に大変でした。それ以上に大変だったのが、撮影が終わってからの編集作業。いかにして繋げてまとめていくかが、なかなか大変な作業でした」。
本作には過去の映像もふんだんに使われ、まさに登場人物たちの人生を振り返ることができる1本となっている。「回想シーンをちょこちょこ見せるのではなく、ちゃんとそのシーンをガッツリと入れたのは意図的にやったこと。50年前に観ていた人が、『俺たちの旅』はこうだよね、と気持ちがちゃんと入れるようにと思って。これは最初から決めていたことなんです。スクリーンのサイズも回想シーンから現在のシーンにスムーズに行けるように、4:3で同じにしています」とこだわりを明かした。

「カースケ、オメダ、グズ六の3人が画面に揃えば『俺たちの旅だ!』と観てくれる人も多いはず。そういう意味では役作りに苦労はなかったです。みんなすぐに役になれました」と微笑む中村だったが、今回は監督という立場での現場入り。いつもと作品の見え方も違っていたとキッパリ。「見え方も見方も違いました。極端な言い方をすると、役者の時は自分中心。自分だけよければいいみたいなところが結構あるけれど、監督となるとそうはいかなくて。ものすごく考え事も多いし、久々にたくさん頭を使っていました(笑)。寝ても覚めても、四六時中映画のことばかり。家に帰っても『明日の撮影はどんなふうに撮ろうか』と考え始めるし、撮影を終えて編集の時にはどこを残して繋げようかと考えっぱなし。もう寝ようと思った瞬間に、なにかアイデアが浮かんできたりして、振り回されるというのはこういうことだなと思いました」としみじみ。監督視点で見た役者としてのグズ六役の秋野、オメダ役の田中の印象はいつもとは違っていたのだろうか。「違いはやっぱりありますよね。自分の考えよりもいい感じで演じてくれることもあったし、当然その逆もある。もちろん、思ったこと、感じたことは直接言っていました。『もうちょっとちゃんとやってよぉ!』と優しい感じで、ですけれど(笑)」と気心知れた2人との撮影を楽しそうに語った。
■「50年経ってもカースケはカースケ、みたいなところにすごくホッとして(笑)」

ロケ地であり聖地でもある吉祥寺。中村、秋野、田中はイルミネーション点灯式にも参加した。シリーズの撮影を通して感じた吉祥寺の魅力や変化について訊いてみた。「石橋正次さんが演じていたヤクザから足を洗ったはずの金井玉三郎が死ぬシーンがあって。吉祥寺の中心にあった空き地をビルの屋上から撮ったんです。もうその空き地はなくなっていたし、都会然としていて変わった印象もありつつ、井の頭公園はまったく変わらない。そのギャップが吉祥寺という土地のよさかなと。サンロードもきっと細かくは変わっているのだろうけれど、入り口に立てば3人で肩車!みたいな気分になって思い出にふけったりして。『住みたい街ランキング』にも入るような場所だし、自然も公園も動物園もあるし。渋谷へのアクセスもよくて、いいところだなとつくづく思いながら見渡しました」と、懐かしい思い出が蘇ったようだ。

70代になったカースケ、オメダ、グズ六が人生の終盤をどのように輝かせようとするのかというのが本作のテーマだ。中村自身は3人のいま、3人の決断をどのように感じたのだろうか。「3人の精神は変わらない。大学に入ったらちゃんと就職して、何年かしたら恋愛して結婚みたいな時代だったけれど、カースケたち3人ときたら、その常識とは真逆の非常識を正しいと思い込んでいるというか。反骨まではいかないけれど、我が道を行くというのがすごく強くあって。特にカースケはそれが強かった。そういう感じで押し通してきて生きてきたというのは3人とも変わらないという印象です。50年経ってもカースケはカースケ、みたいなところにすごくホッとして(笑)。最後のオメダの感じもいまに始まったことじゃないという結末。常識とかから外れた生き方をしていて、結局はそうだよ、お前はそういうやつだよみたいな感じ。それが『俺たちの旅』をやっている意味のようなところでもあるのかなと」と分析する。
原作・脚本の鎌田は「生きていくことの切なさ」を貫き、描いているとコメント。シリーズを通して中村が感じている切なさ、また本作で特に強く感じた切なさについても訊いてみた。「作品のテーマが『生きることの切なさ』なので、ハッピーエンドではなく、ちょっと後味の悪さが残るみたいなところが『俺たちの旅』の売りであり、よさだと思っています。恋愛してもフラれるとか(笑)。元々落ちこぼれなので、人生の成功者ではない感じをやっていく。うまくいってるようだけど、結局はうまくいかなかったと3人で慰め合うのが『俺たちの旅』を通してやってきたことであり、ずっと変わらないことなのかなと思っています」。

過去の映像も盛り込まれ、登場人物たちの人生を振り返ることができる映画になっているが、中村自身も本作を観ること、監督としてメガホンをとることで、自身のこれまでの人生を振り返ることはあったのだろうか。「『俺たちの旅』との出会いで俺自身に決意のようなものが生まれました。この作品の前に、学園ドラマや刑事ドラマもやったりしていますが、どこか素人感覚というか。極端なことを言うと、学生気分が抜け切らないままやっていたところがあって。3月に大学を卒業して4月の番組でデビューして。本当に就職みたいな感じで仕事していたけれど、ちょっと前までは『ふれあい』が売れて騒がれていたころ。その数年前までは貧乏大学生だったんだから(笑)」と笑い飛ばす。学生気分が抜け切らないまま、この世界に足を踏み込んだ中村だったが、『俺たちの旅』のヒットが自身の考え方に変化を与えたと力を込める。
「自分自身の世の中からの認められ方や、自分がやっていることの意味などを考えたのは『俺たちの旅』が成功したころ。ちゃんとやんなきゃいけないという気持ちも生まれたし、役者としても歌手としても頑張っていこうという決意が生まれました。そういう意味では『俺たちの旅』との出会いは、俺の人生のなかではターニングポイントじゃないかなと思っています。ただ、撮影をしている時は、俺の人生がどうこうみたいなことはあまり考えてなかったです(笑)」と正直な気持ちを明かした。
■「カースケの言葉は時代と青春を象徴しているような気がします」
カースケたちのいまの姿を見ることで、中村自身のこれからの人生を考えることはあったのだろうか。「役者をやっていること自体が普通ではない。リスクのある人生を歩んでいるという感覚はあります。先のことを考えるとキリがないし、なるようにしかならない職業でもあります。1年後もこの仕事を続けられていられるかとか、先のことはあまり考えたことはありません。なるようにしかならない。いい加減と言えばいい加減だけど、そういう職業でもあると思っています。歌もずっと歌い続けて来られたけれど、そんな未来は想像すらしていませんでした。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」と充実感を滲ませ、微笑んだ。

昭和の青春を象徴するカースケ、オメダ、グズ六の3人。いまの中村が思う自身の青春の象徴は「カースケの暴言かなぁ…」とニヤリ。「いまの時代だとハラスメントになるようなことも結構言うし、かなり無茶なことも言っている。でも、意外と当たっていることもあったりします。洋子を殴り『人を裏切ることがどういうことかわかっているのか?』って言うシーンも、いまならアウト。でも、荒っぽいけれど、なんかいいこと言っているって思えて。カースケの言葉は時代と青春を象徴しているような気がします。再放送でこのシーンを観た知り合いから『女性をあんなふうに殴るなんて、ショックを受けた』と言われたこともあったのですが、時代と作品のキャラクターというところも含めたうえで、映画を楽しんでほしいと思っています」。
取材・文/タナカシノブ
