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「お前は球界を追放されるぞ」球界再編騒動から21年、古田敦也が振り返る絶体絶命からの反転攻勢

「お前は球界を追放されるぞ」球界再編騒動から21年、古田敦也が振り返る絶体絶命からの反転攻勢

「ハナから根來さんには期待していなかった」

ストをするためには、組合員による投票でスト権を確立しなくてはならない。古田は12球団の各選手会長に意義を伝え、自球団の主力である選手会長とはあまり接点のない二軍の選手たちには、松原徹事務局長が足を運んで何度も説明を繰り返した。

7月27日から8月8日にかけてセ・パ両リーグの全選手を対象にスト権投票が無記名で実施されると、752人中661人の投票で賛成は648票、反対7票、その他6票であった。実に98%がストに賛成したのである。8月12日、選手会はスト権を確立した。

この頃、一枚のマル秘文書の存在が明らかになっていた。発信者は根來泰周コミッショナー(元東京高等検察庁検事長)で、送信先は各球団のオーナーたちであった。

内容は坂井の章でも触れたが、要約して再度記すと、「選手会なるものが、ストライキを企てているが、その場合は球団はストによって発生した損失のすべてを、選手会に求めることができる」というもの。

選手会がガバナンス違反をしているとの主張だが、これは事実ではない。労働組合認定されている選手会には公然とストをする権利があるからだ。

つまりこれは、デマを基にした扇動であった。東京高検検事長というキャリアを持ち、本来であれば、プロ野球の縮小化を憂いて事態を裁くべき立場にあるコミッショナーによる組合潰しの恫喝文書であった。

古田もこの根來文書のことは、知っていた。しかし、怒りとは違う感情が彼を覆っていた。

「正直なこと言いますと、ハナから根來さんには期待してなかったんです。コミッショナーの選定を誰がやっているかと言えば、要は渡邉恒雄さんのお友達が呼ばれて『はい、来年からこの人がコミッショナーです』と言われて決まるんだよと、いろんなオーナーから僕らも聞かされていたんです。

ただ、根來さんは法曹界の方なのでね。法で認められた権利であるストライキを『潰せ』ってオーナーを焚つけているということを文書で知ったときは、まあひどい話だなと思いました。それでも嘆いている暇もなかったのですから」

オーナー側の主張は当初から矛盾だらけだった。「経営難だから」と、言いながら8月には、明大の150キロ右腕・一場靖弘に対する巨人の金銭授受問題が発覚し、その後、横浜、阪神も同様の問題が露見した。

4球団のオーナーが辞任という前代未聞の不祥事となったが、これも氷山の一角で裏金は無尽蔵にあるのかという批判がなされた。パ・リーグが不人気で苦しいということであれば、米国のように収益分配システムを作る方向に議論が向くかと言えば、それもなされない。

近鉄本社とオリックス本社は8月10日に合併契約書に調印する。既成事実が積み重ねられていく中、古田率いる選手会はこの流れを止めるために同月27日にカウンターとして、合併差し止めを求める仮処分申請を東京地裁に出した。

選手会は、「野球協約の中で定められている特別委員会でこの問題を話し合い、議決をしない限り、NPBは合併を承認してはならない」と主張した。

合併は一部オーナーの経営問題ではなく、球団潰しによって解雇される選手は増え、その地位を侵害する行為である。だからこそ、選手と球団の間で権利改善などを協議する特別委員会を招集して、選手と話し合って議決すべき大きな事案であると訴えた。

9月3日、東京地裁はこれを却下した。土田昭彦裁判官は「合併についての承認は特別委員会の議決事項には当たらない」と判断したのである。

一見、完敗に見えるが、ここで選手会は重要な決定を引き出している。抗告後の東京高裁(同年9月8日、原田和徳裁判長)において裁判所は「選手会は日本プロ野球組織との団体交渉の主体になりうる」と認定したのである。

国会での議論にも発展

裁判所が、選手会が団体交渉権を持つことを明確に認めたことは大きかった。

更に決定文の最後に「これまでの(NPBの)労働組合との交渉は誠実なものとは言えない。万一、誠実交渉義務を尽くさない場合には不当労働行為の責任を負う可能性があり、野球の権威に対する国民の信頼を失う」「コミッショナーは著名な法律家であり、裁判所が団体交渉権を認める判断をすれば、9日からの交渉においてこれを尊重することが期待される」と記されていた。

NPBは、選手会が都労委から資格認定を受けていたにも関わらず、長年に渡って労組と認めようとして来なかった。

言葉の使い方にしても「労使交渉」を「事務折衝」と言い換えたり、正面から向き合おうとせず、「ストをすれば違法行為になるので損害賠償を求められる」と言うデマも、そもそも労組として認めていないというブラフからきている。

しかし、この裁判所の決定は選手会を団体交渉権のある労働組合として認めたばかりではなく、これまでのNPBの不誠実な態度まで指摘した。

根來コミッショナーが検察官時代から政治的な動きをする人であることを裁判官は知っていたのか、そのプライドをくすぐる期待と同時に痛烈な皮肉になっている。

経営者側は、労組に対してきちんと交渉に応じる義務がある。出来なければ、誠実交渉義務違反、すなわち不当労働行為になる。NPBの姿勢、そして根來文書が否定されたことは極めて大きな意義があった。そしてストライキに向けての権利を確認することができたのである。

9月に入り、古田は、9月9日・10日の大阪、16日・17日の東京と二度にわたってNPB側と交渉に当たった。それまでにストをするならば、週末に試合がある土日に行うということを選手会として公に宣言していた。

該当する11日、12日、18日、19日、25日、26日を決行予定日と目しており、折衝日はその前の木金の曜日に設定していた。

1回目の大阪での交渉ではNPB側は一転して、態度が軟化していた。「誠実に交渉する義務がある」という裁判所の判決が、明らかに追い風になっていた。

ここでNPB側は、「現行の新規加盟料・参加料を撤廃して、預かり保証金など環境を整え、新規参入球団の加盟促進を積極的に検討する」ことに合意したが、球団数については「来季セ6以上、パ5以上」を確約するに留まった。

前述の司法判断の影響もあって、それまでのすべてが却下されていた交渉に比べれば、各段の進歩であり、結果的にスト突入期限の20分前に暫定合意で回避されたが、古田は握手を求めてきた西武の瀬戸山隆三選手関係委員長の右手は握らずに会場をあとにした。

選手会の顧問弁護士である山崎卓也は、11球団になってしまったらその段階で負けだと思っていた。

一度減ってしまったところからまた増やすことは現実的ではなく、10球団、8球団と減少していくのは目に見えていた。そうなればプロ野球界はじり貧になる。

そうなる前に今、実際に新規参入をしたいという企業が出て来ている以上は、それを認めて12球団堅持を確約させることが重要と考えていた。

すでに8月の段階で、当時の民主党議員の協力もあって、国会で「60億円の加盟金は高過ぎる。これは独占禁止法に触れるのではないか」との質問が行われ、これに対して公正取引委員会が「60億円が合理的といえるだけの根拠がNPBから示される必要がある」との答弁を引き出していた。

これで加盟金は、半額の30億になり、またその内、25億円はデポジット扱いで加盟から抜けたら返却されるという制度に変わった。実質、5億円で参加できることになり、加盟のハードルが一気に低くなったのである。

そして9月15日にはホリエモンのライブドアに続いて三木谷浩史の楽天グループが球界参入を公表した。

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