2023年の1月10日にこの世を去ったジェフ・ベック。世界三大ギタリストの1人と称されることも多い彼の活躍には、スティーヴィー・ワンダーとの不思議な縁があった。
プレゼントした曲をセルフ・カヴァーし、全米1位に…
1972年に『心の詩(ミュージック・オブ・マイ・マインド)』を発表したばかりのスティーヴィー・ワンダーは、もはやすべての楽器を一人で演奏することに拘りはなく、次のアルバム『トーキング・ブック』では、サックスやギターなどに複数のゲストを迎えて制作していた。
ギタリストのジェフ・ベックもその一人として、『アナザー・ピュア・ラヴ』のギター・ソロとして参加した。そのお礼に、スティーヴィーはジェフに『迷信』という曲を書き下ろしてプレゼントした。ジェフは早速それを1972年のツアー中に演奏している。
ちょうどその頃のジェフ・ベック・グループは、メンバーチェンジを繰り返しながら、最終的に元ヴァニラ・ファッジのティム・ボガート(ベース)、カーマイン・アピス(ドラム)との3人になり、バンド名を「ベック・ボガート&アピス(以下BBA)」としてツアーを続けていた。
しかし、BBAはまだ知名度が低かったこともあり、3人のコンビネーションを高めることや、バンドの方向性を確認するためにも、その年の11月までヨーロッパとアメリカの大規模なツアーを行い、その後にアルバム制作を予定していた。
一方でモータウン・レコードは、スティーヴィー・ワンダーと破格の契約を交わしたにも関わらず、前作『心の詩』からのシングル『スーパーウーマン』がチャート33位止まりだったことから、今度こそは強いヒット曲が欲しかった。
そこでアルバム『トーキング・ブック』からのファースト・シングルとして、スティーヴィーがセルフ・カヴァーした『迷信』を同年11月に強引に発売。それがなんと全米チャート1位の大ヒットとなった。それは、ジェフ・ベックがBBAのファースト・シングルにしようと思っていた矢先の出来事だった。
結局、『迷信』はBBAのアルバムには収録されたものの、シングル・カットされることはなかった。そんなこともあってか、レコーディングをほぼ終了していたセカンド・アルバムは、ジェフの意向で幻となった。こうしてBBAは1974年には自然消滅的に解散してしまった。
結局、ジェフは1969年にロッド・スチュアートがジェフ・ベック・グループを脱退して以来、 自分のギタープレイに最も合うヴォーカリストをずっと見つけられずにいた。
スティーヴィー・ワンダーから届いた2つの楽曲
そんなジェフの心を強烈に惹き付けたのが、ジャズ・ギタリストのジョン・マクラフリンだ。ちょうどその頃、ジャズはロックとの融合を始め、「クロスオーバー」「フュージョン」と呼ばれるジャンルが生まれていた。
ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラの音楽は、ジェフに“ギター・インストゥルメンタル・サウンド”という一つの方向性を指し示した。
ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えて、1975年4月にリリースされたジェフ・ベック初のソロ・アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』は、かなりジャズ・フュージョン的アプローチで、全曲ギター・インストゥルメンタルのアルバムだった。にも関わらず、ビルボード・チャート4位を記録し、初のゴールド・ディスクに輝いた。
『ブロウ・バイ・ブロウ』は、まさにジェフ・ベックが新境地を切り拓いたアルバムであり、また「ギタリストのためのギター・アルバム」としても評価が高い。
そのアルバムには2曲、スティーヴィー・ワンダーの曲が収録されている。『セロニアス』と『哀しみの恋人達』だ。
『セロニアス』は、『迷信』とほぼ同じ時期に、スティーヴィーがジェフのために書き下ろした曲で、ジェフはBBAでは演奏せずにとっておいたものと思われる。
そしてもう1曲が、いまやジェフ・ベックの代表曲の一つと言っていい『哀しみの恋人達』だ。これは『迷信』の件のお詫びとして、スティーヴィーがプレゼントしたと言われているが、実はジェフのために書き下ろしたわけではなかった。
1974年のアルバム『スティーヴィー・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』に収録されていた曲で、離婚した後もスティーヴィー・ワンダーが全面プロデュースをした元妻のシリータ・ライトのために書かれた、とてもパーソナルな歌なのである。
アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』の6曲目『哀しみの恋人達』には、このような付記がされている。
Dedicated to Roy Buchanan and thanks to Stevie – J.B.
憶測になるのだが、シリータのこの歌を聴いたジェフが、ぜひこの曲を弾かせてほしいと頼んだのかもしれない。そして敬愛するロイ・ブキャナン風に奏でてみたのではないか。
シリータの歌が日の目を見ることはなかったが、ジェフ・ベックの『哀しみの恋人達』は、心に残る素晴らしい名演となった。
文/阪口マサコ 編集/TAP the POP
※参考文献
「天才ギタリスト ジェフ・ベック」シンコー・ミュージック
「モータウン・ミュージック」ネルソン・ジョージ著 林ひめじ訳 早川書房
「スティーヴィ・ワ ンダー 心の愛」 ジョン・スウェンソン著 米持孝秋訳 シンコーミュージック

