夜空に星々がまたたくように、わが日本のポップカルチャーには数知れぬ名作が輝いています。しかし、天上の星座と比べ、地上の傑作が万人の賛辞を得ることはむずかしいこともたしか。
そこで、この連載ではマンガ、アニメ、ゲーム、ライトノベルなどのヒット作のなかでも、特に受け手の賛否が分かれたものを取り上げ、可能な限りフェアにその是非を問うていきたいと思います。
※本記事は『コードギアス』シリーズのネタバレを含みます。
ライター:海燕
オタク/サブカルチャー/エンターテインメントに関する記事を多数執筆。この頃は次々出て来るあらたな傑作に腰まで浸かって溺死寸前(幸せ)。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』における特集記事、マルハン東日本のWebサイト「ヲトナ基地」における連載など。
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今回、取り上げる作品は、2006年放送の作品『コードギアス 反逆のルルーシュ』。現在も最新作『星追いのアスパル』が予定されている大人気シリーズの第1作です。
全世界に覇を唱え、世界征服を実現しようとしているブリタニア帝国を追放された皇子ルルーシュ、そんな彼を主人公にした全50話にわたる物語です。その波乱万丈のエンターテインメント性はまさに別格、2000年代のすべてのアニメのなかでも最高傑作のひとつに位置づけられるべき作品だと思います。
このシリーズの特徴は、主人公ルルーシュがほとんどただひとりで、強大なブリタニア帝国を含む全世界を相手にした「反逆」に立ち上がる、そのケレン味あふれる展開にあるでしょう。
まず、ルルーシュはブリタニア皇帝その人の正嫡である上に政治家、そして戦略家として天才的な頭脳を持ち、さらには人目を集める美貌にも恵まれているという特別な少年です。
それだけの血筋と才能がありながら、追放先の「エリア11」ことブリタニア占領下の日本で無為な日々を送っていたルルーシュ。しかし、彼はあるとき、些細な偶然からひとの心を支配する万能の〈ギアス〉と出逢い、たったひとり、世界最大の超大国を相手取った革命戦争を開始することになるのです。
ただ、いかに強力な〈ギアス〉があるとしても、そのときの彼は単なる学生の身。世界の何割かを占めるブリタニアとの戦いは、あまりに絶望的と言うしかありません。
さらに、漆黒の仮面で素顔を隠し、正体不明の謎の人物〈ゼロ〉を名乗ってブリタニアの大軍に抗いつづける彼の前には、内側からブリタニアを変えるべく軍に入り込んだ親友、枢木スザクが立ちふさがります。
天与の運命と自身の意思によって、残酷にもその道を分かたれたふたりは、ともに崇高な理想を抱きながらもここに対立し、対決することとなったのです。
ひとの精神を自在に支配し、どのような人物にも一度だけ命令を下すことができる絶対遵守の力〈ギアス〉を有し、また、生まれながら智謀に恵まれていながらも、肉体的には貧弱で、さまざまな倫理的な問題を抱え込んでいるルルーシュ。対するスザクは、驚異的な身体能力を誇り、強い正義感を持つヒーロー。
この、通常の物語における主人公とライバルの関係を逆転させた見事な構図のもと、『コードギアス』の物語は展開していきます。
やがて、〈ゼロ〉の正体がルルーシュであることはスザクに見抜かれ、ふたりは広く全世界を舞台に悽愴な戦いを繰り広げることになります。ときには無二の宿敵、そしてまたときには、ただひとり信頼できる友として。
そして、残すところ数話、ふたりはついに同志として表舞台に立ちます。ルルーシュはブリタニアの新皇帝として戴冠し、スザクはその一の騎士として全軍を率いるのです。
……が、なんとそのとき彼らの前に現れたのは、死んだはずだったルルーシュの妹・ナナリー。そして、最終話にして、ルルーシュは最愛の存在であるナナリーに向かって〈ギアス〉を使い、その精神を操り、彼女の行動を支配して、ついに全世界を足下に踏みしめることとなるのです。
反逆者ゼロはいまや至尊の皇帝ルルーシュとなり、公正な社会と平和な世界とは、彼の独裁のもと成し遂げられたかに見えます。
しかし――ほんとうにこれで良かったのか? そう多くの視聴者が疑問に思わずにはいられないなかで、あらわれたのは仮面の人物〈ゼロ〉! 実はその正体はスザク。〈ゼロ〉=スザクは多数の人々が見つめるパレードの場でルルーシュを刺殺し、彼の治世を終わらせます。
こうして、まさに全世界の敵と化した悪の皇帝ルルーシュの死とともに、かつてあれほど憎みあい、殺し合って倦まなかった人々はひとつとなり、世界に平和が訪れたのでした。
この計画こそ、まさに〈ゼロ・レクイエム〉。すべてはルルーシュの策謀に他ならなかったのです。自分の命や名誉と引き換えに世界を救おうとする、究極の自己犠牲といっても良いでしょう。
〈ゼロ・レクイエム〉は、本当に世界を救ったのか?
ですが、それでは、彼を愛し、彼とともに生きようとした人々はどうなるのか?
自分自身の血に赤く染まり、いままさに意識を失おうとしているルルーシュに向かって、ついにすべての事情を悟ったナナリーは叫びます。愛しています、お兄さま、と。
こうして物語は幕を閉じ、視聴者たちはあるいはうなずき、あるいは涙しながら、ルルーシュの長い戦いの日々に思いを馳せました。しかし一方で、このあまりにも衝撃的な結末は、やはりというべきか、賛否双方を含む巨大な反響を巻き起こしたのです。
まず、ルルーシュはほんとうに死んだのか? 彼はいままで何度もそうしてきたように、その策略で人々の目をあざむいただけで、まだ生きているのではないか?
そして、この自己犠牲的な結末は『コードギアス』という物語にふさわしいのか? これでしんじつ平和が訪れることになるのか? 死ぬことで罪を償ったと言えるか?
また、作劇技術的にも、死んだはずのナナリーが生きていたり、盲目だった彼女が父の〈ギアス〉を破って目を開けたりするくだりは、ご都合主義に過ぎるのではないか?
喧々諤々、色々な議論が展開されました。
さらにその後、総集編の映画三部作と続編『復活のルルーシュ』が公開されるに至って、ルルーシュがほんとうに生きていたことが判明します。
正確には、この『復活のルルーシュ』は映画三部作の世界と物語の続きであるに過ぎず、テレビシリーズとは異なるお話であるようです(テレビシリーズでは死亡したシャーリーが『復活のルルーシュ』では生きています)。
ということは、やはり、テレビシリーズ最終回のルルーシュは死亡していたのでしょう。とはいえ、そのような形ではあるにしても、いったんは死したはずのルルーシュがよみがえったことも事実で、このことにもやはり賛否が集まります。
実際のところ、その反響はさらに続編や番外編が延々と作られつづけているいまなお、まだ続いています。
いったい、わたしたちはこのルルーシュの自己演出にもとづく物語の結末を、どのように受け入れれば良いのでしょうか。

