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『あんぱん』手塚治虫はアニメ『アンパンマン』初回観られなかったはず? フィクションならではの名場面に反響

『あんぱん』手塚治虫はアニメ『アンパンマン』初回観られなかったはず? フィクションならではの名場面に反響


手塚治虫さんがモデルの「手嶌治虫」役を演じた眞栄田郷敦さん(2020年2月、時事通信フォト)

【画像】え…っ? 「パッケージでもう丸出し」こちらがやなせさんが手塚さんと作った「オトナ向けすぎる映画」です

手嶌治虫はあまり老けていなかったが

『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんとその妻の暢(のぶ)さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、130話で堂々の完結を迎えました。130話は、ほぼ主人公の「柳井のぶ(演:今田美桜)」「柳井嵩(演:北村匠海)」のふたりだけで話が進んでおり、ほかのキャラクターについての物語は129話が実質の最終回となっています。

 129話では1988年10月3日(月)のアニメ『それいけ!アンパンマン』初回放送の模様が描かれ、さまざまな登場人物たちが感慨深そうにアニメを視聴していました。そのなかでも特に反響を呼んだのは、嵩が尊敬してやまない年下の天才漫画家「手嶌治虫(演:眞栄田郷敦)」が仕事場で『それいけ!アンパンマン』を観ながら、「柳井さんおめでとう」とこぼす場面です。

 手嶌のモデルである「マンガの神様」手塚治虫さんは、『それいけ!アンパンマン』が始まった4か月後の1989年2月9日、60歳の若さで胃がんで亡くなりました。やなせさんが70歳の誕生日を迎えた、1989年2月6日の3日後のことです。やなせさんは手塚さんの早すぎる死を悼み、自伝『アンパンマンの遺書』(岩波書店)では、「アンパンマンは鉄腕アトムとすれちがった」と語っています。

 手嶌が『それいけ!アンパンマン』を視聴しているシーンには、X(旧:Twitter)で「手嶌治虫がアニメ『アンパンマン』を見てるシーンはなぜか泣きそうになった。現実の手塚先生はこの翌年に亡くなるんだよな」「アンパンマンのアニメ開始はそんなに大昔じゃない気がしてたけど、当時はまだ手塚先生がご存命だったのか」「そうか、アンパンマンのテレビアニメって、手塚治虫先生の人生に間に合ったのか」などなど、さまざまな反応が出ていました。

 そのほか、いくつかあったのが「実際の手塚治虫は『それいけ!アンパンマン』を観られる状況ではなかったはず」という意見です。

 手塚さんは1988年3月15日に突然腹部に痛みを覚え、東京都千代田区の半蔵門病院に入院、スキルス性胃がんが見付かり3月17日に胃の4分の3を切除する手術を受けています。その後、5月12日退院し、埼玉県新座市に新しくできたスタジオで仕事を再開しました。しかし、体調を崩すことが増え、再び入院します。

「手塚治虫公式サイト」にある年表の日付を見ると、その再入院の日が『それいけ!アンパンマン』が始まった1988年10月3日でした。一部視聴者から指摘があった通り、手嶌のように仕事場で17時から放送のアニメを観ることはできなかったはずです。

 また、手嶌はほかのキャラと比べてあまり老け込んでいない様子でしたが、晩年の手塚さんはがんの影響でかなりやせ細っていたことも知られています。手塚さんと親交があった小説家の高千穂遙さんは、129話の放送後、自身のXで

「アンパンマン初回放送の4か月後に手塚さんは亡くなるのですが、このときもう手塚さんは癌でガリガリに痩せておられました。わたしは映画試写会のロビーで手塚さんの声を聞いて振り返ったのですが、そこにおられたのは別人の風貌となった手塚さんでした。その衝撃を忘れることはないでしょう。」

 と、当時を振り返っていました。

 手嶌がまだ健康な姿で『それいけ!アンパンマン』を視聴していたのは、史実をもとにしたフィクションならではの感動のシーンと言えるでしょう。作中で語られていないだけで、手嶌もこのとき病にかかっていた可能性が高いですが、130話でも手嶌の死については特に触れられませんでした。

配信元: マグミクス

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