不可能が許されない環境
小さな頃からオリンピックを夢見てひたすら練習を積み上げた結果、それでも母国で数人しか手にすることができないのが五輪切符だろう。それをゼロから始めて3年でオリンピック出場だなどと、奇跡か冗談か、夢でしかないでしょ?…と我々日本人の感覚ではそう思うだろう。
「なんだろうが、やらざる終えないという環境が中国なんですよ。結局、そのナショナルチームに選ばれたらもう仕事なんです、子供たちにとっては。11歳から14、15歳ぐらいまでのメンバーで構成されたんですけど、その子たち全員、ナショナルチームに入った瞬間に給料をもらうんです。子どもだろうが、お金をもらうということは仕事だから責任が発生する。そういうシステムなんです」


これが中国のリアルなのか。その子たちは学校に行かないのか?
「学校、行かないですね(笑)。しょうがないです。中央政府のナショナルチームに雇われたことだけで、もう名誉なことなんで。だからオリンピックで勝つためにひたすら働くわけです」
何年も学校に行かずに、もしも途中で怪我などでチームを外されてしまったら?
「落ちた子たちがどうなったのかはあんまり気にしてないですけど、中央政府のナショナルチームの下に各省のチームがあるんですよ。そこで練習を続けるんじゃないかな。リベンジを目指して。
今まで中国が夏のオリンピックとかで各段に強かったのは、国にこういうシステムがあるからなんだなって思いましたね。だから国が急激に力を入れるスポーツに関しては、すごく発展しやすい。中央政府が、このぐらいの予算でこういうことをやりなさいっていうことを毎年決めて、金と指示を出すんです。
2022年の北京五輪は自国開催だったので、ものすごくお金をかけたんです。僕のチームも1年間で億をゆうに超える活動費を使ってましたから。国がお金を出して、その予算の中でチームのマネジメントをします。それも監督の仕事で、その裁量権も監督にあります。これほどの予算なら、自分の作りたいチームが作れると思いましたね」
ここで聞いてみたくなったのが、契約金だ。中国ナショナルチームのコーチの報酬とは一体いくらくらいなのだろう。
「本当のところは言えないんですけれど、年俸イメージでいくと日本の一流企業の管理職くらいですかね。でも中国は税金が高いから(笑)」
うーむ、指1本とかであろうか?? 日本ではとても考えられない。ここにも「強い中国」のリアルがあった。
Aチームのコーチを勝ち取った

「ただ、甘くない。どころか、とてつもなくシビアですよ。僕は2018年の秋に契約して、こんなふうに言われたんです。『今シーズンの最後、春にA チームと大会をやる。その勝負で負けた場合は、Cチームは消滅する。けれど、もし勝ったら A チームを吸収して、君がナショナルチームの A チーム・監督になりますよ』って。
わずか1シーズンで国のAチームに勝たなくてはいけない⁈ 無理難題にしか聞こえないが…。
「でも、勝ちましたね(笑)。だから、僕、その後から北京までA チームの監督をやっていたんです」
一体どうやって? 秋にはボーゲンだった子どもたちのはず…。しかし、これが剛腕コーチ、白川大助の実力だ。白川独自の体系化されたトレーニングメソッドによって、チームの子どもたちはメキメキと力をつけていく。室内トレーニングの様子も見てみよう。
秋にスキーを始めて、近藤心音のエアトリックを、ポカーンと口を開けて眺めていた女の子、ヤンちゃんこと杨硕瑞(SHUORUI YANG)は、2年後には大会で近藤心音を上回るリザルトをあげ、2021-22年のワールドカップでは最高位8位という成績を残したのだ。

白川はまったく無名の選手を世界ランキ ング22位にまで押し上げた。世界ランキング30位以内でないと出場権のないオリンピックに、杨硕瑞(SHUORUI YANG)は見事に出場権を獲得。夢の北京五輪のスロープスタイルの舞台で、驚くばかりに成長した姿を世界に披露した。
ナショナルCチームの監督に就任した2018 年10月から3年4カ月。白川大助は約束通り、本当にオリンピック選手を作るというミッションをやってのけたのだ。
「いかに低いレベルから短期間で世界レベルまで持っていくか。そのスパンが極端に短いことが、世界的にすごいと思われているみたいです。僕のなかにはうまくなる方程式みたいなロジックがあって、それを培ってきた経験値と合わせることで、成果に繋げる確信があります」
