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スキー歴ゼロから3年4ヵ月で中国オリンピック選手にした剛腕コーチ・白川大助(しらかわだいすけ)その挑戦に見える別世界

次なる勝負へ

南山スキー場でパーク専門スクールを展開。白川大助の等身大の看板が!

しかし、記録的な功績を上げたナショナルチームの監督の座を、白川大助は北京五輪終了後あっさりと手放した。

「理由はシンプルです。北京五輪が終わったら政府の予算がなくなったわけなんです。そうするとあまり高い給料でコーチを雇えないから、僕より安かった B チームのコーチが A チームのコーチになったんですよ。

僕は、億単位の活動費を使っていいよって言われたからコーチを引き受けた。それだったらゼロからのスタートでも世界ランキングに入れる選手を作れるっていうイメージがあったからです。でも、予算が半分以下に削られてしまったら遠征にも行けないし、強い練習ができなくなる。これはもう僕のやりたいことじゃないなって。それでやめたんです」

しかし、北京五輪の功績によって日本人コーチ白川大助の存在感と発信力は、より大きなものとなった。各メディアで取り上げられ、白川のコーチングを受けたいと、その周りにはたくさんの「金持ちの親」が集まってきたのだ。

「この中国で自分が起こした奇跡みたいなものがあるじゃないですか。ゼロからオリンピックに連れて行ったという。で、みんなが僕に興味を持ってくれたことで、新しいビジネスができる下地が整っていたんです。

中国のお金持ちって子どもが将来いい大学に入るためにいろんなスポーツをやらせるんですよ。今まではバスケットやテニス、ゴルフとかだったんですけど、人口が多くなりすぎちゃって、そのなかじゃ自分の子どもがいい成績を出せないとなって、新しいスポーツで有名になった競技に興味を持ち始めるわけです。北京オリンピックの時にアイリーン・グーが金・銀とメダルを3つ取った。これでスキーやスノーボードがものすごく注目されたんです。これをきっかけにフリータイルスキーをやらせたい富裕層の親がめちゃめちゃ増えた。当然そうなるだろうっていう予想はついていました。
(※アイリーンは、北京五輪に向けて中国ナショナルチームとは別に居住地のUSAでトレーニングをしていたので、白川は指導していない)

ナショナルチームにどっぷり浸かってしまうと他の仕事ができないので、いまは個人事業主でプライベートコーチと、中国で個人のチームを持って、子どもたちの面倒を見ています」

南山スキー場のスクールで

この記事のためにインタビューをお願いしたのは夏、白川大助は南半球のオーストラリアにいた。

「このあと日本から近藤心音と佐藤雅夏君が来て、プライベートのトレーニング合宿です。11月のオーストリアでのFISのスロープスタイルの初戦に合わせてプロセスを組んでいく感じです」

近藤心音は日本の女子フリースタイルのエース。ミラノ・コルティナ五輪への出場もほぼ確実だ。

佐藤雅夏は早稲田大学の学生。白川大助のプロセスでトレーニング始め、この2年で急成長を遂げた新星。日本男子のW-CUP出場枠で、ビッグエアとスロープスタイル1枠ずつのうち、佐藤雅夏はスロープスタイルでは現在もっともポイントを持っているため、W-CUP出場がほぼ確実だ。

白川は今後もベースを中国に置きつつ、サポートする選手とともにW-CUPを転戦していく予定で、今後のスケジュールはすでにびっちりだ。
白川大助にとって、コーチであることの喜びとは何だろうか。

「やっぱり僕は、もともと強い選手を育てるよりは、まったくゼロから本当に強くなるまで育てるっていうのが楽しい。うまくなるには滑りの技術だけじゃなくて、強いメンタリティや人間力を養うことも必要です。選手を励まし、支えながら、大切なことを教えてあげたいと思うんです」

この先のさらなるビジョンは?

「10月に深圳(シンセン)に、世界で一番高低差の大きな室内スキー場が立ち上がるんです。そこにパークを造るので、そこで僕の新しい事業部を作ろうという話になっていて、それが最後の拠点になるかなって。人生、なにをもって成功なのかわからないですけどね。ただ、好きなことを楽しくやれてるかなっていう実感はあります」

白川は中国に渡り偉業を達成した「成功者」だろう。しかしそれを日本で知る人は少ない。白川は日本に向けてSNSなどで自身について発信することをしないからだ。

「僕は日本で知ってもらう必要はないんです。これからも中国でやっていくので。ただ、求められれば日本人選手も喜んでサポートしたい」

白川大助のコーチ人生は、これからも才能を照らし続け、新しい物語を紡いでいく。

Profile
白川大助 DAISUKE SHIRAKAWA

プライベートコーチとしてサポートする近藤心音と

20歳から苗場藤島スキースクールで基礎スキーインストラクターを経験したのちHAKUBA47スキー場でモーグルスクールコーチ、奥利根スキー場でパークとスクール運営、プロ選手を育てるアカデミーを開校。 36歳より尾瀬戸倉スキー場でスクール運営とアカデミー運営、
2009年~2016年まで 全日本スキー連盟でスキーパーク&パイプナショナルチームコーチ。2018年~2022年2月までスキースロープ&ビックエアの監督で中国ナショナルチームをコーチに就任。南山スキー場ではパーク専門スクールも展開。北京五輪後、自身のチームやプライベートで選手を育成している。


配信元: STEEP

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