
「9歳では遅いぐらい」エバートンU-18の日本人分析官が語る若年層のスカウト事情「やはりEU離脱の影響は大きい」【現地発】
イングランド・プレミアリーグのエバートンでU-18の分析官を務めているのが、日本人の芝本悠馬だ。
芝本は、サウス・ウェールズ大学でフットボールコーチング&パフォーマンスを専攻して卒業。大学在学中からウェールズ代表やイングランド2部のカーディフ・シティでアナリストを歴任した。そして昨年6月、プレミアリーグのエバートンに“移籍”。U-18チームのパフォーマンス・アナリストとして活躍している。
芝本が主に取り組んでいるのは、育成年代のパフォーマンス向上だ。IDP(Individual Development Plan=インディビジュアル・デベロップメント・プラン)と呼ばれるプログラムに沿って、若手の成長に尽力しているのだ。そんな芝本に、プレミアリーグにおける若年層のスカウティングについて話を聞いた。まずリバプールに本拠地を置くエバートン・アカデミーの現状について、芝本は次のように語る。
「同じ地域にリバプールFCがあります。ファーストチームの実績で言えば、やはりリバプールとエバートンの間には差があます。だがアカデミーだけで言えば、リバプールとの差は決してありません。
アカデミーからトップリーグへの選手輩出数をランク化した『プロダクティビティ・ランキング』がありますが、現在エバートンは国内4位です。これはヨーロッパ各国のトップリーグで、育成出身選手がどれだけプレーしているかを示した指標です。この数値で、エバートンはリバプールに勝っています」
エバートンのアカデミーはこれまでウェイン・ルーニーやロス・バークリーといった名選手を輩出。現イングランド代表ではアンソニー・ゴードン(現ニューカッスル)もそうだ。
では、どの年代からスカウトを行なっているのか。芝本はこう説明する。
「アカデミーの練習が正式に始まるのはU-9からです。ただその前段階として、7歳ぐらいから選手をどんどん取り入れています。夜に行なわれる7~9歳向けのプログラムが盛んで、うまい子がいれば積極的に取り込んでいます。僕自身も残業して、夜まで練習場に残ることがあります」
プレミアリーグのクラブが7歳、つまり日本で言うところの小学1年生から熱心にスカウトを行なっている──。芝本の発言には驚かされるが、この点には制度的な背景がある。
FA(イングランドサッカー協会)およびプレミアリーグ、EFL(イングリッシュ・フットボールリーグ)が定める Youth Development Rulesでは、選手のスカウティングや登録において基準となるのは「距離」ではなく、アカデミー拠点から居住地までの「移動時間」だ。
まずU-9~U-11のファウンデーション・フェーズでは、原則として移動時間は1時間以内。U-12~U-16のユース・デベロップメント・フェーズでは、通常のアカデミーモデルの場合、原則1時間30分以内が基準とされている。この範囲に居住している選手であれば、U-9からアカデミーの練習に参加できる。まず、この前提を押さえる必要がある。
そして、ここにBrexit(英国のEU離脱)の影響が加わる。
英国がEUから離脱する以前、EU加盟国の若手選手は比較的自由にイングランドのアカデミーへ加入することができた。労働移動の自由が保障されていたため、16~18歳のEU出身選手であっても、一定の条件を満たせば登録が可能だった。実際、プレミアリーグの各クラブはフランスやスペイン、オランダ、ポルトガルなどから有望な10代の選手を早期に獲得し、育成してきた。
しかしBrexitを境に、この状況は一変した。
現在は、EU出身であっても「海外選手」として扱われ、18歳未満での登録は原則として認められていない。つまり、16~18歳未満の段階でイングランドのクラブと契約し、アカデミーに所属することは基本的に不可能となった。外国人選手が英国でプレーできるのは、原則18歳以上になってからに限られる。
さらに18歳以上の海外選手についても、自由に獲得できるわけではない。現在は GBE(Governing Body Endorsement)と呼ばれるポイント制の労働ビザ審査を通過する必要があり、出場試合数や所属リーグのレベル、国際経験などが評価される。
この結果、プレミアリーグを含むイングランドのクラブは、16~18歳のEU青年選手を獲得する道をほぼ失い、育成戦略を大きく転換せざるを得なくなった。視線は必然的に国内へと向き、イングランド出身のたとえば14~16歳の才能をめぐる競争は激化している。
Brexitは、単なる政治的な出来事ではなく、サッカー界における若手獲得の市場構造そのものを変え、国内スカウティングを過熱させる大きな転機となったのである。
こうした二つの要因から、プレミアリーグのクラブでさえ、地元の少年サッカーチームにまでスカウト網を張り巡らせているのである。芝本は言う。
「スカウティングは7歳ぐらいから始まっています。9歳では遅いぐらいです。エバートンの場合、スカウト地域はリバプールだけでなく、マンチェスターやボルトン、プレストン、ブラックプールも含まれています。つまり、競合相手はリバプールだけではありません。以前在籍していたカーディフ・シティでも、状況は似ていましたね。
やはりEU離脱の影響は大きいです。もちろんU-9やファウンデーション・フェーズの世代では、他国の選手を獲得できません。移動時間の制限上、ロンドンの選手を獲得することも原則としてできません。
そのため幼い時に獲得できるか、というのが本当に大事になっています。僕が聞いた話では、結局一流になる選手はこの年代から輝いている、と。そういう話をたくさん聞きますから。もちろんそうではないケースもありますが、U-9に力を注ぐのはとても重要になっていると思いますね」
国内の若手獲得レースが過熱している象徴的な例が、リオ・エングモハ(リバプール)だ。
エングモハは8歳からチェルシーのアカデミーで育成されてきたロンドン出身のウインガーだ。なんと15歳でU-21チームの一員としてプレーしていたという。将来を嘱望される存在だったが、16歳で進路選択をめぐり状況が動いた。チェルシーは奨学契約を提示して引き留めを図ったものの、本人と家族はトップチームへの道筋や育成環境を重視し、2024年夏にリバプールへの移籍を決断した。
16歳以上であれば同国内でのアカデミー移籍は制度上可能であり、リバプールは正式に彼を登録したが、両クラブは補償金額で合意に至らず、案件はFA・プレミアリーグの裁定機関に持ち込まれた。補償金はまだ確定していないものの、過去の類似例などから100万~500万ポンド以上(2億1000万~10億5000万円)になる可能性が指摘されており、この移籍はBrexit後に国内若手の価値が高騰している現状を示すケースとして注目されている。
16~18歳の選手獲得について、芝本は言う。
「エバートンでも、選手が足りていないポジションであれば、U-16~18の世代であってもロンドンやスコットランドのクラブから獲得するケースはあります。
私がいたカーディフ・シティは“買われる側”でしたが、エバートンは“買う側”です。つまり、エバートンにU-9から在籍している有望株であっても安泰ではない。突然ライバルが入ってくるわけです。こうなれば、選手もパフォーマンスを上げないと次のレベルにいけません。周りの選手にも刺激を受けて好影響が生まれます。アカデミー全体や育成全体から見ても、好循環になっていると思いますね」
取材・文●田嶋コウスケ
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