ファンイベントでのひとつの素朴な質問が、中日ファンの間にくすぶっていた違和感を一気に表に引き出すことになった。愛知県名古屋市内で行われた1月12日のトークショーに、井上一樹監督と立浪和義前監督が登壇。その終盤、会場から投げかけられたのは、多くのファンが胸に抱え続けてきた疑問だった。
「なぜ根尾は投手にコンバートされたのか。遊撃ではダメだったのか」
名遊撃手として一時代を築いた立浪氏は、現役時代の感覚を交えながら、その理由を語った。根尾のノックや併殺プレーを見た時、
「ショートは厳しいと思った」
それが当時の率直な印象だったという。6-4-3の併殺で求められるのは、遊撃手から二塁への短く速い送球だが、
「プロならこのへんに10球くらい来る」
胸元に集まる理想形を示しつつ、根尾の送球にはばらつきがあり、
「ショートスローがちょっと苦手だった」
その上で、投手専念の決断について、
「『なんでおまえがピッチャーに変えたんだ』ってよく言われますけど、彼はピッチャーしかないと思ったんです」
これは名手なりの率直な見解だったのだろうが、十分に納得できないのが「打撃と遊撃守備がプロレベルではなかった」というニュアンスだ。高卒ドラフト1位で入団した根尾に、最初から完成度を求めるのは酷だろう。プロレベルではないからこそ育てるのが球団の仕事であり、それを理由にするならばなぜ、4球団競合で獲ったのか、と…。
さらに腑に落ちない点は、これまでのポジション遍歴だ。遊撃で入団しながら二塁、外野、再び遊撃、そして投手へ。腰を据えて遊撃手として育てられた時間はどれほどあったのか。「コロコロ変えておいて、今さら『最初から無理だった』はおかしい」という違和感が広がるのも無理はない。
「根尾がダメだった」で話が終わってしまえば、それではこの7年間、球団はどう育て、どう起用してきたのか。その積み重ねが無意味だったかのようになってしまう。立浪氏の言葉は、その責任が選手ひとりに押し付けられているように聞こえた。
根尾の現状は厳しい。投手としての通算成績は防御率4点台で、いまだ1軍勝利はない。25歳という年齢を考えれば、もう「素材」という言葉は通用しないだろう。同期の広島・小園海斗が首位打者にまで成長したことを思えば、その差が際立ってしまうのだ。
それでも根尾は今オフ、動作科学の専門家のもとで初動負荷トレーニングに取り組み、投手として再び挑もうとしている。2026年は文字通りの正念場となるだろう。
(ケン高田)

