
映画『千と千尋の神隠し』より、主人公の「千尋」(中)とその両親 (C) 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM
【画像5枚】怖い怖い怖い! よく見るといろいろヤバい「千尋と両親が迷い込んだ街」
異界の影響? どこまでが「素」なのか?
マグミクスは2025年1月2日、『千と千尋の神隠し』の両親が「毒親」と言われる理由について、制作陣の意図を紹介した記事を配信しました。作画監督の安藤雅司さんが「典型的なジブリの親を避けた」と述べていたことなどを紹介し、理想ではなくリアルな現代的な親として設計された結果ではないか、と分析した内容です。
この記事には多くのコメントが寄せられました。「両親の異常な行動」をどう解釈するか、が話題が中心となっていたようです。
これについては、「途中からもう、魔法にかかって吸い込まれているんではと思っている」「初めてこの映画を観たときは、あの両親の態度はあっち側の世界の影響かと思っていました」「祠の辺りからは父親、モルタルの門辺りからは母親も取り憑かれたというか」といったように、段階的に両親が異世界の影響下に入っていったという解釈が多く見られます。
「両親というより人間の中にある『欲』が自制心を超えてしまう者を上手く表したなと思いました」といった考察も注目されていました。父親の小道に入る小さな欲から始まり、踏み入れてはいけない場所に入り、どんどん欲が大きくなって自制心を超える――人間の醜さを表現した作品だというわけです。「カオナシ」が金を出したときの湯屋の面々の反応と重ねて「あれが人間の本質!!」とのコメントも見られました。
ではどこまでが「素」の姿なのでしょうか。「(トンネルまでは)今時の親~! という感じで、当時もそんなに違和感無かった」という声も聞かれました。「マイペース」「ドライ」などとも評される彼らは、公開当時から、ある種のリアリティを感じさせる親像として受け止める向きもあったようです。
また「本当に普段から毒親だったら、そもそも子どもがあんなに懐かないだろうし、両親を助けるために働こうと思わないですよね」という指摘も。千尋が必死で両親を助けようとした姿勢こそが、普段の関係性を物語っているのかもしれません。
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「様々な考察や意見を投げかけてくれるのがスタジオジブリ作品だと思います」というコメントが示すように、正解のない多様な解釈こそが、この作品が長く愛される理由なのでしょう。何度観ても新しい発見がある――それが『千と千尋の神隠し』の魅力といえるかもしれませんね。
