「アウトな遺伝子を足切りしながら」続く進化の綱渡り

「突然変異だらけでも意外と絶滅しない」理由はどこにあるのでしょうか。
ここで重要なのが、胚の段階での“ふるい落とし”です。
先行研究では、近親交配が最も進んだ個体では、胚の途中で死んでしまう確率がそうでない個体の約9倍高いことが報告されています。
今回の結果は、それに「致死胚のほうが実際に突然変異率も高かった」という数字を足したものといえます。
つまり、毎世代かなりの数の胚が変異の積み過ぎや致命的な組み合わせで脱落し、その中から「まだギリギリ生き残れる個体」だけが次の世代に選ばれている、という構図が浮かび上がります。
通常の進化のイメージでは、優れた親が優れた遺伝子を子供に受け継ぐことで起こると考えがちです。
たとえば大きなツノを持つ親が沢山子供を残す場合、その種は大きなツノを獲得することになります。
しかし進化的に詰んでいるデビルズホール・ププフィッシュは「やばすぎる遺伝子を足切りする」という下向きの切り捨てで生きながらえているのかもしれません。
この状況は「誤字だらけの写本」に似ています。
デビルズホール・ププフィッシュの集団は、元々の本(ゲノム)が近親交配でだいぶコピペだらけになったうえに、コピーを取るたびに誤字の入りやすさも高くなってしまった写本工房のようなものです。
誤字が多すぎて読めない写本(致死胚)は、早い段階で捨てられてしまう一方で、誤字だらけでも辛うじて意味が通る写本(成魚)は、そのまま次の世代に複製されていきます。
加えて、著者たちが推定した有効集団サイズ(平均165匹前後)は、進化的に見てとても危険なゾーンではあるものの、「いますぐ自動的に崩壊する」と言い切るほどのラインではありません。
突然変異率が高くても、すべての重要な遺伝子が完全に壊れているわけではなく、特に重い変異が両方のコピーに揃ってしまった個体だけが落ちていき、そうでない個体はギリギリ繁殖できる──その結果、「平均としてかなりボロボロだけれど、完全に機能停止はしていない」状態が続いていると考えられます。
極端な環境で、極端に小さい集団が、どこまで遺伝子のダメージに耐えられるのか。
デビルズホール・ププフィッシュは、悲劇の主人公であると同時に、進化の「ギリギリ」を見せる観測窓でもあります。
今後、致死胚の謎がほどけたとき、私たちは「絶滅寸前の現場」を、単なる終末ではなく“理論が試される場所”として、他の絶滅危惧種を救うヒントになるかもしれません。
元論文
Estimate of the mutation rate in the endangered Devils Hole pupfish provides support for the drift-barrier hypothesis at an outlying extreme
https://doi.org/10.64898/2026.01.11.698928
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

