正しく感じ取るのを、阻害する要素とは?
正しく判断しようとしている時に、それを阻害する要素もある。
たとえば、先ほどのバイクの話で言えば、自分自身が前日に転倒していたり、雨で路面が濡れていたりすると不安感が生じて評価がネガティブになることがある。もちろん、それを差し引いて評価しようとはしているのだが、晴れて、路面温度の高い良いコンディションの日に、安心して走れるサーキットで思う存分走って「これは素晴らしい!」と感じてしまった場合と、不安なコンディションの日に同じ評価軸で評価できているかというと、それは難しい。
『芸能人格付けチェック』のワインの話でいうと、5000円の『香りの強い華やかなワイン』と、100万円の『デリケートで、インパクトは強くない玄人好みのワイン』を並べられてしまったりすると、『香りの強い華やかなワイン』の方を、上質に感じてしまうかもしれない。そういう引っかけ問題のような場合もあるだろう。
また、料理で言えば、ファミレスやコンビニの塩味・甘味・うま味を強めた分かりやすい味設計で『“美味しい”というインパクト』を演出されている料理は、評価のプロでないと、やっぱり『美味しい』と感じてしまうかもしれない。

番組で料理の評価の時には目隠しして、アシスタントの方が口に運ぶようにしているが、見た目も、口に入れる前の評価もなく判断するのはとても難しいと思う。
実際に自分でも、目をつむって料理を口に運んでみたが、歯触り、舌触りの感覚というのは案外あいまいで、どんな肉で、どんな味がしそうか……というのは視覚的要素も含めて判断しているというのがよく分かった。
今回も、しゃぶしゃぶの肉を評価する課題があったのだが、GACKTさんだけは口の中タレをちゅうちゅう吸って除外して、肉自体の味を評価されていたのが印象的だった。つまりは「何が違いか?」を理解して、それを感じ取ろうとする必要があるわけだ。
視覚情報などを除外された上に、風邪を引いていたりしたら、味なんて全然分からないだろう。飲食店の食器や、インテリア、照明、接客なども大切な要素で、料理は総合芸術だと言われるのはそういう意味もあるのかもしれない。
製品背景も大切だが、人だからこそ感じることを伝えたい
もちろん、筆者が取り組んでいる製品レビューはブラインドテストをしているわけではない。
製品のバックボーンを知り、メーカーの解説を聞き、多くの背景情報を知ってから、その製品をどう評価すべきか判断して、読者の方にお伝えする仕事だと思っている。

その情報のバックボーンの上に、製品から得たインプレションを加えてお伝えする。しかし、一方では、バックボーンに左右されずに製品の評価をすべきでもある。
単に正確に感じ取ればいいというだけでもない。我々が評価しようとしている商品を、苦労して開発、設計した人がいて、工場でそれを日々働いて作っている人がいる。また、その製品に期待して待っているファンの方もいる。単に「この製品は○○点ですね」と冷徹に評価するだけではなく、それらの人たちの『愛』を忘れることなく評価しなければいけないと思う。
GACKTさんのように正確無比な感性を持っているとはとても言えないが、それでもキーボードの打鍵感、イヤフォンの音質、グラス型デバイスを装着した時に見えるもの、製品の総合的な使い心地、そうした実際にデバイスを使用しないと得られない感覚性能について、極力正確に、できる限り言語化してお伝えしたいと日々考えている。
(村上タクタ)