
元北海道日本ハムファイターズの小笠原道大氏が10日、元読売ジャイアンツの槙原寛己氏のYouTube『ミスターパーフェクト槙原』に出演。現役時代、サードにコンバートされた理由を告白した。
■セカンドで試合に出場した過去小笠原氏が野球の経歴を振り返った今回の動画。そのなかで高校時代は捕手だったものの、NTT関東時代にセカンドとして出場した経験を持っていることが語られる。
当時を「都市対抗予選の最後でエラーを連発してクビになり、指名打者や捕手として試合に出場していた」と振り返る。
また「キャッチャーの醍醐味を味わっていない。苦い思い出しかない」とコメントした。
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■サードにコンバートされた理由は?守備で「1番長いのはファーストが多かった」と話すと、「トレイ・ヒルマン監督の時代にサードにコンバートされることになった」と小笠原氏は語る。
理由については「片岡(篤史)さんがFAで阪神に行って、サードが空いたんですよ。で、周りが言ってたら、ヒルマン(監督)が『お前やりたいんだったら早く言え』っていう感じでコンバートになったんですよ」と告白した。
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■「やってみろ」と小笠原氏はさらに「片岡さんの守ってたところを『簡単に若いやつには守らせられない』っていうことを自分が言ったんですよ」と説明。
「それをヒルマンが人づてに聞いたらしくて、呼ばれて。(監督が)『なんでお前早く言わないんだ』って言って。『そういう挑戦は大いに歓迎だ』って言って、『やってみろ』って」と内情を明かす。
話を聞いた槙原氏は「それはやっぱり日本人と外国人の監督の違いもあったかもしれないですね」と語っていた。
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■2006年に日本一小笠原氏がサードにコンバートされたのは、北海道移転前年の2003年。この年就任したヒルマン監督がサードに起用し、ファーストには当時若手の木元邦之氏が入ることが多かった。前年サードで出場していた田中幸雄氏は、ベンチやDHとなった。
2005年に5位となったヒルマン監督は、2006年に小笠原氏をファーストに戻す。1番森本稀哲現日本ハムコーチ、2番田中賢介氏、3番小笠原氏、4番フェルナンド・セギノール氏、5番稲葉篤紀現2軍監督、6番新庄剛志現監督、9番金子誠氏と、守備力と攻撃力のバランスが取れた布陣が完成し、日本一をつかんだ。
小笠原氏のサードコンバートについて当時一部のファンから「FAを見据えた行動ではないか」という、うがった見方も存在していた。明かされた真実は、全く違うものだった。
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【今回の動画】小笠原氏が語るサードにコンバートされた理由■執筆者プロフィール佐藤俊治。Sirabeeには2015年11月から参画し、月40本程度プロ野球関連記事を執筆中。YouTubeで発信する野球評論家ウォッチャーでもある。野球は高校からメジャーまで年間50か所以上で現地観戦。プロ野球の贔屓チームはなく、どこのチームのファンでもない。「あの選手、あそこに行ったんだ」という目線で見守っている。
(文/Sirabee 編集部・佐藤 俊治)