【丙午女優の履歴書1】
「丙午の女は気性が荒く、夫を不幸にする」と言われるが、この干支生まれの女性は負けず嫌いで情熱家、隠し事もしない剛毅な性格の持ち主が多いという。そこで今回は、この干支生まれの女優をピックアップ。男たちの人生を狂わせながらも、なお美しく君臨し続ける「丙午女優の履歴書」をひも解いた。
聖子・明菜の陰に隠れない「異端の少女」
1982年、「花の82年組」としてデビューした小泉今日子の立ち位置は、当初微妙なものだった。
松田聖子の王道感、中森明菜の情念が女性アイドル界の二大注目株だった時代――聖子ちゃんカットでステージに立っていた彼女はある時、突如として髪をベリーショートにし、自らを「小泉」と呼称。「なんてったってアイドル♪~」と自らを突き放して歌ってみせた。
「キョンキョンは、デビュー当初は王道アイドル路線を歩んでいたが、『まっ赤な女の子』のリリース時にショートカットにしてボーイッシュ路線を確立。以後は大人が用意したレールを平気で踏み外す危うさを見せつけた。まさに『野生の馬』のようで、彼女をコントロールしようとしたディレクターたちは皆、早々に諦めて彼女のセンスに委ねる道を選んだんです」(元レコード会社制作スタッフ)
この「自らを客観視し、枠にはまることを拒む」姿勢こそが、丙午生まれが持つ特有のエネルギー、すなわち自己決定への強い執着だったと思われる。
「結婚」すらも一つの通過点に過ぎない
1995年、俳優の永瀬正敏と結婚した際、誰もが「スタイリッシュな夫婦」と羨望の眼差しを向けたが、その結婚生活は9年でピリオドを打つこととなった。驚くべきは、離婚直後の彼女の振る舞いだ。
「普通なら共演NGになるようところが、それに執着しない。彼女には元夫との共演を面白がれる胆力があった。男に執着するのではなく、対等な『表現者』として扱うあの潔さは、同世代の女優の中でも群を抜いていましたね」(民放テレビ局のドラマプロデューサー)
離婚から数年後、映画で元夫の永瀬と共演したその姿には、過去のしがらみを軽々と飛び越え、表現者として最善を尽くす、丙午女性特有の「過去を振り向かない潔さ」が凝縮されていたのである。
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