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「人に何かを伝えたいという欲が吃音に勝った」刀・森岡毅のマシンガントークは、吃音対策から生まれたものだった

「人に何かを伝えたいという欲が吃音に勝った」刀・森岡毅のマシンガントークは、吃音対策から生まれたものだった

両親や学校がつくる「四角い枠」に、どうしても収まれなかった少年がいた。生きたカエルで「ゆでガエル」説を確かめ、叱られた自由研究。思うように言葉が出てこない吃音への苦悩。そして、数字だけが裏切らなかった幼少期――。日本を代表するマーケター・森岡毅はいかにして「枠からはみ出る力」を身につけたのか。その原点は、少年時代の違和感と工夫の積み重ねにあった。書籍『森岡毅語録』から一部を抜粋、編集してお届けする。

「ゆでガエル」事件

幼少期の森岡は、両親たちがつくり上げる「四角い枠」からはみ出す子でもあった。小学校時代のある年には「ゆでガエル」事件を起こしている。

ある日、先生が教室でこう言った。「熱湯に入れられたカエルはすぐに飛び出るが、最初はぬるま湯に入れて徐々に温度を上げると気づかずにゆで上がって死んでしまう。人間も小さな変化に注意しないと危ないよ」と。

これを聞いた森岡は「本当かなぁ…」と疑問に感じ、夏休みの自由研究で生きたカエルを用いて実験した。結果は、熱湯に入れたカエルはみな一瞬で死んだ。ぬるま湯に入れたカエルのほうが、少しだけ長生きする。ゆえに森岡が下した結論は「ゆでガエルのほうがまし」。

トノサマガエルもアマガエルも、どの種も同じ「万歳ポーズ」で死ぬのを見て、カエルは種類や大きさに関係なく筋肉の構造は同じなんだ、と感動すら覚えた。

しかし、先生は「なぜこんな残酷なことができるのか?」と森岡を叱った。命の大切さという視点からのみ断罪し、「真実を知りたい」という純然たる好奇心まで否定したのだった。「この世界は僕が生きるには窮屈すぎる」。そんな釈然としない思いが残った。

言葉と数字

森岡が世界との隔たりを感じたのは、頑固な性格だけが理由ではない。いや性格を頑固にした要因が別にあった、と言うべきか。

幼少期から少年期にかけての森岡を悩ませていた問題が、大きく分けて3つあった。

1つ目は吃音。思ったように言葉が出てこないことが、彼の社交性を限定的なものにしていた。

大人になってからの森岡に会ったり、あるいはテレビや講演会で話を聞いたりした人ならご存じだろうが、今の彼は自説を途切れることなく話し続け、まさに〝マシンガントーク〞のごとく自在にコミュニケーションを展開する。

しかし、実は、物心ついた頃から話し言葉がすらすら出てこないことに、しばしば心を痛めた。

「母親によれば、話し始めるのが遅い子供で、ようやく話し始めると、今度はたどたどしさがなかなか抜けなかったらしいのです。それで『この子には言語障害がある』と気がつきました。

いろいろなところで診てもらったようですが、基本的には治らなかった。私は喋ることに自信が持てず、人と気軽に話すことができなかった。子供は悪意がなくとも残酷なので、からかわれることもたびたびでした」

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