
「やらなければいけない」と分かっているのに、どうしても手がつかない。
クレーム対応の電話や気が重い資料作成など、嫌な仕事ほど最初の一歩が踏み出せない経験は、多くの人に覚えがあるはずです。
この現象は怠けや性格の問題なのでしょうか。
実はその裏には、「やる気を出さない」のではなく、「やる気を止める」脳の仕組みが関わっている可能性が、京都大学の最新研究で示されました。
研究の詳細は2026年1月9日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
目次
- やる気が出ないのではなく「始められない」
- 「やる気ブレーキ」を担う脳回路
やる気が出ないのではなく「始められない」
この研究を行ったのは、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)を中心とする研究チームです。
研究者たちは、「嫌な仕事に手がつかない状態」を、結果への判断ではなく、「行動を始めるかどうか」という視点から調べました。
実験ではマカクザルに対し、
・報酬だけが得られる課題
・報酬はあるが、不快な刺激も伴うストレスの高い課題
を用意し、「どちらを選ぶか」ではなく、「そもそも試行を始めるかどうか」に注目しました。
その結果、ストレスのある課題では、報酬の価値を理解していても、課題そのものを始めないケースが増えることが分かりました。
つまり、「やる意味が分からない」から動けないのではなく、「始める段階でブレーキがかかっている」状態だったのです。
「やる気ブレーキ」を担う脳回路
さらにチームは、脳のどこがこのブレーキを担っているのかを調べました。
注目されたのは、報酬や動機づけに関わる「腹側線条体」と、その信号を受け取る「腹側淡蒼球」をつなぐ神経経路です。
この経路を、特定の回路だけ一時的に働きにくくする方法で抑えたところ、ストレスの高い課題でも、サルはためらわずに行動を開始するようになりました。
一方で、報酬の大きさの判断や、どちらを選ぶかといった意思決定自体は、ほとんど変化しませんでした。
この結果は「嫌な仕事を避ける」のは判断力の問題ではなく、行動開始を抑えるブレーキ回路が強く働いているためであることを示しています。
怠けではなく、脳のブレーキ
この研究が示したのは、「嫌な仕事が始められない」という状態が、根性や意志の弱さでは説明できないという点です。
私たちは、やる気が足りないのではなく、ストレスによって「やる気ブレーキ」が強く踏まれているだけなのかもしれません。
この仕組みを理解することは、先延ばしの正体を知る手がかりになるだけでなく、うつ病などで見られる意欲低下の理解や、将来の治療法開発にもつながる可能性があります。
「始められない自分」を責める前に、脳の中で何が起きているのかを知ることが、最初の一歩になるのかもしれません。
参考文献
嫌な仕事を「始められない」脳回路を解明
https://ashbi.kyoto-u.ac.jp/ja/news_research/21576/
元論文
Motivation under aversive conditions is regulated by a striatopallidal pathway in primates
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.12.035
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

