プロスキーヤー河野健児がザ・ノース・フェイスを使い、各地の過酷な雪上フィールドを駆け巡って、25-26シーズンで11年目を迎える。
彼をはじめバックカントリー(以下BC)を滑る多くのライダーが使用するSUMMIT SERIES(サミットシリーズ)は、ザ・ノース・フェイスにおける最高峰ライン。
厳しい環境でパフォーマンスを発揮するライダーたちと一緒に、何度もテストを重ねて開発するものだ。あらゆるコンディション、目まぐるしく変化する気候など、さまざまな状況に対応するため、最先端の技術はもちろんのこと普通なら気にも留まらないような細部にまで目を配ることで、完成度を高めている。
「ただ与えられたものを着るだけの“マネキン”にはなりたくなかった」という河野健児の言葉通り、彼は日本の開発チームと膝を突き合わせ、吹雪の八甲田や旭岳、利尻岳、そして白馬、地元の野沢温泉周辺で、数えきれないほどのフィードバックを重ねてきた。
現在「RTG(Remote Terrain Gear)」シリーズや、バックパック「CHUGACH(チュガッチ)」は、BCシーンで圧倒的な信頼を集めている。
その高い完成度の裏側には、ライダーたちが現場で感じ取ったストレスの種を起点に、開発チームとともに一つひとつを摘み取ってきた軌跡が刻まれているのだ。ここでは河野健児の例をもとにSUMMIT SERIESに迫ってみたい。
河野健児とSUMMIT SERIESの出会いと歩み
河野健児がザ・ノース・フェイスの最高峰ライン・サミットシリーズと出会ったのは15-16シーズンからだ。当時のザ・ノース・フェイスは登山やアウトドア全般で圧倒的な存在感を示していたが、スノーシーンに特化したプロダクト開発は、まだまだ過渡期にあった。
逆に、健児はそこに大きな可能性を感じていたという。

「ノースフェイスは国内で独自に開発をしているプロダクトもある、という話を聞いたのがきっかけでした。完成されたものをただ着るのではなく、滑り手として製品の進化に深く関与できる。ブランドと一緒に自分自身も成長していけるような関係性が築けて、楽しみが生まれる予感がありました」
実際、最初にモデルを手に取った時の印象は、必ずしも完璧ではなかったという。しかし、それこそが彼にとってのやりがいの芽となった。こうすれば、滑り手がもっと快適に使えるものになるという確信が、開発の深みへと誘っていく。
ザ・ノース・フェイスでは、プロダクトマネージャーやデザイナーといった開発チーム、そしてときにはショップのスタッフたちもが、ライダーと一緒にフィールドへ入る。
「八甲田や旭岳、白馬、野沢温泉の周辺。吹雪く山のなかで一緒に滑り、リフトの上や、滑り終わった直後の雪上で『いまの動きだったら、ここがもうすこしこうなれば楽だよね』と製品についてディスカッションをします。
開発者自身が熱心な滑り手だからこそ、現場を共有すると感覚的な言葉でも、そのまま共通言語として通じるんです。こうした現場主義の積み重ねがあったからこそ、スペックの数値だけでは測れない、本当の意味で信頼できるギアが生まれているように感じます」
Remote Terrain Gear の進化。アクションの削減という核心
RTG(Remote Terrain Gear)シリーズはその名が示す通り、人里離れた厳しい環境下での行動を支えるウェアだ。圧倒的なプロテクション性をもち、高い防水透湿性を誇るゴアテックスのプロシェルを採用している。
健児がこのウェアに徹底して求めているのはストレスの払拭だ。その哲学の核心にあるのはアクションの削減に他ならない。
「極限の状況下の撮影では、一つひとつの動作(アクション)をいかに減らすかが成果を上げることにも繋がり、極論まで言うと生死を分けることもあります。
例えば、通常なら4ステップかかっていた動作を2ステップに、あるいはワンアクションにする。そのわずか数秒の短縮の積み重ねが、滑ることやルートの判断、安全確認といった本来集中すべきことに時間や考えを割けるようになります。結果として最高の瞬間を捉えるための『心の余裕』を生むんです」
過去10年間に渡って幾度もモデルチェンジを繰り返してきたRTGは、健児をはじめライダーたちのフィードバックを元に開発チームが徹底的に研ぎ澄ましてきた。里山からアルパイン、樹林帯や稜線沿いなど数え切れないほどのフィールドでテストを繰り返し、修正してきた機能の数々。その一端をいくつか紹介しよう。

初期のビブパンツは、防護性は非常に高いものの、ファスナーがなかったため着脱には、かなり手間取ることがあった。そこで、ビブパンツのフロント部分の真ん中にファスナーをつけることを提案。朝の準備や休憩時にストレスを感じない設計になった。

シルエットやカッティングは10年前に比べて大きく洗練されている。かつてのウェアは、動きやすさを重視するあまりに「だぶつき」がやや目につくものもあった。健児は当時のチームメイトでもあったスノーボーダーの渡辺雄太らと共に、「美しくなく、風の抵抗を受ける」と抜本的なシルエットの修正を依頼する。
とくにビブパンツの臀部から大腿部にかけてのカッティングやシルエットは日本人の体型に合わせつつ、ダイナミックな動きを妨げない洗練された裁断へと進化させた。


また、フード形状も大きく変わっている。10年前のモデルはフードが小さかったため、ヘルメットをすると上手く被れないこともあった。
また調整方法も煩雑だったが、形を大きくしヘルメット装着時でもフィットするように改良。吹雪いている時にフードが被りやすく、フードもバタつかないように工夫している。
現在、RTGは「大きく変える必要がない」ほどの域に達している。健児はこの状態を「完成されたスタンダード」と呼んでおり、いまは形状や見た目の変更よりも、軽量化やディテールの成熟度を深めるなど、傍目には変化が見えないが、欠かせない機能性を高める方向に注力している。
