ようやく肩を並べるところまできた。
「以前ほどはやられなかったという感じです。やっと勝負できるなって」
9月に入って好調をキープしている西武の山村崇嘉は、27日時点で月間打率.339、出塁率.354、OPS.918を記録。若手の成長が期待される西武にあっても、その活躍ぶりはひときわ注目を浴びている。
18日のオリックス戦では、6番・サードで先発出場して4打数2安打。同期入団の相手先発・山下舜平大と対峙し、口にした手応えが冒頭の言葉だ。
2020年にドラフト3位で東海大相模高から入団して今年で5年目。高校時代、新型コロナウイルスの影響をもろに受けた世代の一人だ。春夏の甲子園が中止になり、練習でも試合でもあまり経験を積めない中でのプロ入りだった。
「コロナでいろんな悔しい思いをして、得たものはなかったです。試合ができなかった影響は、正直あったと思います。もっと成長できたかなって」
山村は中学時代から侍ジャパン入りするなど、エリート街道まっしぐらだった。東海大相模でも1年時からベンチ入り。2年夏には甲子園にも出場している。3年時は「甲子園があれば優勝候補」と言われていたチームの主将だった。
「このチームで大会を戦えないのかって思いました。すごく残念でしたね。2年の時までは打倒・横浜で、そこからは打倒・大阪桐蔭。日本一を目指していました。甲子園大会は中止になったけど、20年の交流大会、甲子園球場で大阪桐蔭と対戦したあの試合は一生忘れないです。無観客の甲子園。今でも覚えていますね」
目標だった大会がなくなっても、主力選手たちと話し合って最後まで練習を続けた。山村にはプロという目標があり、足を止めることはなかった。その念願が叶って、西武に入団。かつて松井稼頭央、浅村栄斗らが若手時代に着けた出世番号「32」を背負った。
初の一軍デビューは、ひょんなところから舞い込んできた。23年ワールド・ベースボール・クラシックに日本代表で出場した源田壮亮が大会で右手小指を骨折し、開幕戦の出場を回避することになったのだ。その代役に抜擢されたのが、当時プロ3年目の山村だった。そして、奇しくも対戦相手オリックスの開幕投手を務め、同じく初の一軍デビューを果たしたのが山下だった。こちらは前年のポストシーズンや日本シリーズでベンチ入りを果たすなどすでに高い評価を受けており、山村とは立ち位置に差があった。
結局、山村は山下から2三振を喫し、ほとんど何もできなかった。翌日もスタメン出場したが、1週間後には二軍へ降格し、10月になるまで再昇格することができなかった。
しかしこの時以来、山村にとって山下との再戦が一つのモチベーションになった。23年は再昇格後最初の試合でプロ初安打と初本塁打を放つと、昨季は58試合に出場。チーム最多の32試合で4番を務めるなど頭角を表した。だが昨季は、23年に新人王に輝いた山下が故障や不振に苦しみ、再戦は実現しなかった。
「2年前の開幕戦で山下に抑えられてずっと悔しいなと思っていたのに、そのシーズンは10月まで一軍に上がることができなかった。昨年は4月に一軍に上がることができたんですけど、山下の登板数が少なくて対戦がなかったんですよね」
今シーズンが始まる前、山村はそんな話をしていた。この言葉から分かるように、山村は生粋の負けず嫌いだ。少年時代から勝利が義務付けられるチームに主力選手として君臨してきたプライドがある。山村と話していると、とにかくいろんな選手の名前が出てくる。特に同世代の選手を挙げることが多い。ともにコロナで苦しんだ仲間というのもあるのか、かなり意識しているようだ。
「僕らの世代でいうと、2年生から甲子園で活躍していた来田涼斗(オリックス)や中森俊介(ロッテ/2人とも明石商高出身)は対戦したかった。宗山塁(楽天/広陵高)は高校時代から有名だったし、麦谷祐介(オリックス/大崎中央高)も小学生の時に対戦したことがあるんですよね。髙橋宏斗(中日/中京大中京高)だけは面識がまったくないんですけど、すごいピッチャーですよね」
抑えられれば実力がなかったと素直に受け止め、トレーニングに励む。それは負けたまま終わりたくないからだ。
「打てなければ練習する。守備でミスをしたら練習をするしかない。それだけのことです」
そのような悔しさを持ち続けた中で、山下との再戦の機会がついに巡ってきた。1打席目はフルカウントまで粘るも、最後は見逃し三振。2打席目は2-2から156キロのストレートをライト前に弾き返して安打を放った。3打席目は送りバントを命じられたが、これは失敗に終わって併殺打。しかし、23年のような差が今の2人にはないというのがこの対決の印象だった。
「(自分の)成長を確認できた部分はあると思います。でも、僕はバッティングの状態が良かったんで、逆に向こう(の調子)はどうだったのかなと思うと、追いついたと言えるかどうかは分からないですね。でも、やっぱり、山下の球はえげつかったです。すごい投手だと思いました」
実はこの試合、山村は守備で2つのミスを犯した。うち一つは失点にもつながるもので、犠打の失敗も含めて課題も残した。それでも、同点の9回裏1死で回ってきた打席でレフト前ヒットを放ち、その後のサヨナラ勝利につなげたのは見事だった。
「(タイムリーエラーをして)あのまま負けていたら、ヤバかったです。ミスしてベンチに返ってきた後は悔しくてしょうがなかったです。勝てて良かった。でも、守備に関しては練習するしかないです」
山下と対戦した後は、19~21日の楽天3連戦で3試合連続打点、1本塁打。21日は先制打を含む3安打をマークするなど、まさに上り調子だ。
6月に佐藤龍世が中日へ移籍し、外崎修汰は8月にライトへコンバートされた。開幕時点では、彼らに次ぐ三塁のレギュラー争い3番手にいた山村が、今や定位置獲得まであと一歩のところまで来ている。23年の開幕戦で味わった悔しさを経て、いよいよ期待の若手が頭角を表した。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

