この謎に迫るべく、飛躍的に競技成績が向上する現象を「ブレークスルー」と名づけ、過去にブレークスルーの経験があり、全国大会で上位進出経験のある8名の選手にインタビューを行ない、その内容を徹底分析しました。
前回は、格上選手への勝利によって「メンタルブロック」が外れることの重要性について解説しました。
それでは、実際に格上の選手と対戦するとき、どのようなことを意識して試合に臨めばよいのでしょうか?今回は、「自分のやるべきことに徹する」という切り口から、そのヒントを考えていきます。
■格上選手との試合は、「相手主導」になりやすい格上の選手を前に、自分のプレーができず、気づけば試合が終わっていた。試合に出場していれば、こうした経験をすることもあるでしょう。
この原因のひとつに、自分のプレーや振る舞いが、無意識のうちに「相手主導」になってしまっていることが挙げられます。
相手の速いボールに対して、自分も無理にスピードを上げすぎてしまう。ミスの少ない相手を前に、「先に仕掛けなければ」と焦り、リスクを取りすぎる。さらには、ポイント間やチェンジエンドのテンポまでも、相手のペースになっていく。
これは、「相手がこうするから、自分もこうする」という、まさに「相手に飲まれた」状態です。相手からすれば、「こちらは何もしていないのに、勝手に自滅してくれた」という印象の試合になります。
■相手主導から、自分主導へ
「格上の選手と対戦するときほど、『自分の世界をつくる』つもりでプレーしなければならない」――これは、選手へのインタビューのなかで、特に印象に残っている言葉です。
さらに、「よい試合は、とにかく思考がシンプル。積み重ねてきた自信があった上で、自分のやるべきことに集中できているとき、格上の選手ともよい試合ができる」と語ります。
すなわち、相手を見て、反応的にプレーするのではなく、「自分のやるべきこと」にどれだけ集中できているか。それが、格上の選手との試合の質を大きく左右します。
■なぜ「自分のやるべきこと」へのフォーカスが大切なのか?
この意識は、格上選手との対戦に限らず、あらゆる試合において重要なものです。特に、「勝ちたい」「何としてもポイントを取りたい」という感情が顔を出す緊迫した場面。そこでは、意識が「結果」へと引き寄せられ、「自分のやるべきこと」を見失ってしまうことがあります。
だからこそ、こうした場面では、「勝ち負け」というコントロールできない「結果」ではなく、「このポイントを取るために、自分は何をするのか」という「行動」に意識を向け直すことが大切になります。それによって、注意が一点に集まり、本来の自分のプレーを引き出しやすくなるのです。
■どのように「自分のやるべきこと」を定めるか?
「自分のやるべきことに集中しよう」と言われても、そもそも「やるべきこと」の中身が明確になっていなければ、実践することはできません。しかも、試合の最中にそれを考えている余裕はありません。
だからこそ、コートから離れた場面で、日々自分のプレーを自己分析し、「自分のやるべきこと」を理解しておくことが重要です。ここからは2つのステップに分け、実践のポイントについて考えていきます。
①よいパフォーマンスを引き出す「トリガー」を見つける
まず大切になるのは、「よいパフォーマンスをしているとき、どのようなことを実践しているか」という視点から、自分のプレーを振り返ってみることです。つまり、よいプレーができた日に、「今日は調子がよかった」で終わらせるのではなく、「なぜ今日は上手くいったのか」を自分に問いかけてみる。この積み重ねが大切になります。
とはいえ、よいパフォーマンスは、集中力が高まり、プレーに没頭しているときに発揮されるため、その場面を思い出そうとしても、難しいことがあります。そのため、自分のプレーの映像を見返したり、コーチやチームメイトからの意見をもらいながら考えていくことが効果的です。
こうした実践の積み重ねによって、よいパフォーマンスを引き出すための、自分なりの「トリガー」が見えてくることが理想的です。筆者の場合は、よいプレーをしているとき、無意識のうちに回り込みフォアハンドを多く使っています。また、ショットを打つ際に声を出すなどして、息を長く吐いている傾向があります。
こうしたトリガーは、沢山あればよいというわけではありません。試合中に意識できることには限りがあるため、1つから5つほどあれば十分でしょう。
②自分なりの「キーワード」をつくる
よいパフォーマンスを引き出すための「トリガー」が見えてきたら、それらを短い「キーワード」にしておくとよいでしょう。なぜなら、試合の緊張した場面では、あれこれ考える余裕はなく、すぐに思い出せることが重要であるためです。
たとえば、「回り込みフォアハンドを多く使ってプレーする」というトリガーは、「いけるところは回り込む」といった、シンプルなキーワードにしておくとよいでしょう。
こうした実践は、コーチングにも応用することができます。筆者は大学時代、団体戦のベンチコーチをすることがありました。その際に、こうしたキーワードを選手との「共通言語」にして、チェンジエンドや、重要なポイントの際にリマインドしていました。
ちなみに、筆者の担当する選手は、「ボールを落とさない」「ボールの球種を混ぜる」という2つがキーワードでした。トップ選手でも、これだけシンプルなものであることに驚かされた記憶があります。
■おわりに
今回は、「自分のやるべきこと」に意識を向けてプレーすることの重要性と、その具体的な実践方法について考えてきました。人生において、「自分の機嫌の取り方」を理解しておくことが大切だと言われるように、テニスにおいても、「自分の高いパフォーマンスの引き出し方」を理解し、実践していくことが重要です。こうした深い自己理解が、格上選手と対戦したときや、緊迫した場面で、自分の力を引き出すための「土台」となります。
解説=日置和暉
2000年生まれ。慶應義塾体育会庭球部を経て、慶應義塾大学大学院に進学。慶應義塾大学総合政策学部非常勤講師。プリンス契約コーチ。2023年、日本テニス学会研究奨励賞。
解説=發田志音
2000年生まれ。慶應義塾体育会矢上部硬式庭球部を経て、東京大学大学院に進学。国際テニス連盟のコーチング科学誌で論文審査を担当。2018年、日本テニス学会研究奨励賞。
構成●スマッシュ編集部
※スマッシュ2025年1月号より抜粋・再編集
【画像】なかなか見られないトッププロの練習やテニス教室の様子
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