
■タイプの異なる2作で印象づけたスクリーンデビュー

『12月の君へ』は、韓国の地方都市で暮らす俳優志望の女子高生スアン(ハン・へイン)と、都会からやってきた転入生ソルとの出逢いと別れ、そして再会を描くラブストーリーだ。ソヒが演じているのは、人気俳優ながらきらびやかな芸能界と騒々しい都会に疲弊し転校してきたソル。スアンの演技に触れたソルはスアンに恋心を抱く。スアンもまた、美しくて純粋な性格のソルに言い知れぬ思いを寄せるが、まだ幼かったためにソルを拒んでしまった。
この映画のファーストシーンで、ソルは冬が到来する韓国の冷たい空気のなか、赤いコートを纏い車窓から身を乗りだしている。その透明感と儚さは、まさに「ソル((설、韓国語で「雪」を意味する)」という名前そのもののようだ。ソヒ扮するソルは、本作の繊細な美しさをワンシーンですべて表現しきったようだった。

続く『PROJECT Y』は、ソウルの繁華街でどん底から這い上がろうとする2人の女性の連帯をスリリングに描いたノワールだ。ソヒが演じたミソンは、昼はフラワーショップで働き、夜はカンナムのクラブで男性を相手にしている。その華麗な容姿のため男性からの人気は高いが、決して安売りをせず、女性たちの送迎を担当するドライバーで親友のドギョン(チョン・ジョンソ)と支え合っている。

作品序盤では、どちらかと言えばドギョンがミソンを守っているところが多い。しかし、つかみかけた夢が突如奪われ、打ちひしがれた2人が街のどこかに大金が隠されていることを知り人生を逆転させようと大勝負に出た瞬間、ミソンの中にあるしたたかさが堰を切ったように表れる。大胆な行動力でストーリーを思わぬ方向へ加速させていくミソンというキャラクターで、ソヒは躍動した姿を見せている。
■暗い道を歩む女性たちが心の奥に秘める虚無を体現

ドラマで注目度を高めていったソヒだが、ブレイクの始まりとなったのが「夫婦の世界」での不倫相手役だった。医師の妻と映画監督の夫を巡る不倫ドラマで、妻役の実力派俳優キム・ヒエに引けを取らない悪女キャラで視聴者に印象づけた。続いて大きな注目を集め、ソヒが本格アクションに初挑戦したのが、Netflixオリジナルドラマ「マイネーム: 偽りと復讐」だ。ソヒは、裏社会の構成員でありつつも優しかった父を目の前で何者かに殺されたジウを演じた。警察組織にいるであろう真犯人を突き止めるべく名前を“ヘジン”と変え、父の親友で組織のボスであるムジン(パク・ヒスン)の後ろ盾を得ながら強力班(凶悪犯罪などの刑事事件を担当する課、日本でいう「刑事課」)の刑事として潜入する。

インタビューで「私は運動の“運”の字も知らないくらいだったんです」と自身で振り返るほどの彼女が、序盤から多くの暴力に立ち向かい、キレ味のあるアクションを繰りだすジウを演じ切った理由は、ノワールが好きであるということ、そして「アクションというジャンルに限ったものでも、周りの人物によって揺さぶられる人物でもなく、女性が主体的に導いていく作品をいつもやりたいと思っていた」からだった。まさに、女性2人が自身たちのために行動する『PROJECT Y』は彼女にとって念願の作品だったのではないだろうか。

また、ジウの表情がアップで捉えられるたび、肌の質感や薄い皮膚から血管が透けている。メイクをしないのはソヒの提案で、素顔のままで演技をすることに抵抗はまったくなかったそうだ。「ジウというキャラクターはなぜかそうしなければならないと思いました。素顔というよりは生の感じが表現できたら」と役作りへの思いを明かしている。ノーメイクで挑んだことにより、大切な存在を奪われ、自身の名前も感情も捨て去った彼女が身一つで死闘に投じていく凄みが一層増しているように感じられる。

ソヒが、才気走る女性キャラを演じていたほかの作品といえば、Netflixオリジナルドラマシリーズ「京城クリーチャー」だろう。本作では、日本統治下で人捜し業をしながら自身の母も捜す女性チェオクに扮した。「京城クリーチャー」は、現代劇だった「マイネーム: 偽りと復讐」とは武器やファイトスタイルが異なり、例えば日本軍の施設に忍び込むために屋根伝いに飛び上がるなど、上下のアクションが必要だったが、ソヒは大胆な姿を見せている。

本作のシーズン2では、日本軍による人体実験の犠牲として怪物にされてしまったチェオクの母の身体を取り込み、不老不死の生命体として現代を生きるチェオクが、かつて生死を共にしたテサン(パク・ソジュン)にそっくりなホジェ(ソジュン/二役)と再会する。「こうして私は地獄に取り残され、忘れ去られた」と口にしたセリフのように、夢見ていた国家の独立を勝ち取ったものの、再び悲劇の歴史が繰り返されていることを知ったチェオクの虚無的な眼差しが印象的だ。あまりに大きなものを背負い現代を見つめているチェオクがふとした時に見せた、ホジェに写るテサンの面影にハッとする表情は、普通の女性としての生々しい感情が見事に表現されていた。
■様々な役の“服”を纏い、そのキャラクターの人生を生きる

傷つきながらも強く生きていく女性を演じてきたソヒだが、「作品に取り組む時、私は一旦ハン・ソヒを捨ててスタートします。“私”をできる限り捨てて空っぽにしておかなければ、そのキャラクターになり切れないからです。そして撮影が終わったらすぐその“服”を脱いでハン・ソヒに戻ってくる」と語っているように、ハードボイルドからラブロマンスまで、どんなキャラクターも演じこなせる役者でもある。ここまで、比較的“悪い女性”“自立したパワフルな女性”という印象が強かったソヒだが、「わかっていても」では、恋愛はしたいが愛を信じられなくなった美大生ナビに扮し、恋愛は面倒だが愛情そのものはほしい男性ジェオン(ソン・ガン)とのラブロマンスに挑戦している。

現代のオム・ファタールともいえるソン・ガンの存在感はもちろん、ソヒもその美貌を全面に出すことなく、卑怯な元彼に心をくじかれて恋愛にトラウマを抱きながらも、ジェオンに心をかき乱されてしまう素朴な美大生を演じた意外性が光る作品だった。傷ついた恋愛経験から、“わかっていても”人を愛してしまう人間の性を、自問自答しながら相手に惹かれていく等身大の女性として上手く体現していた。
そして、まっすぐだけれど鈍感、といういままでと違った女性を演じたのが「サウンドトラック#1」。ソヒが演じていたのは、売れない作詞家ウンスだ。彼女は大物作曲家から「君の書く歌詞にはせつなさが足りない。片思いの経験がないのでは?」と歌詞にダメ出しをされたことから、長年の幼なじみで写真家のソヌ(パク・ヒョンシク)に相談。彼が誰かに片思いしていると知り、住み込みで作詞を手伝って欲しいと頼み込む。
ソヌを演じたパク・ヒョンシクは抑制の効いた演技ながら、ウンスへの恋心を眼差しでずっと表現しており、視聴者はいつウンスが気づくのかを見守ることになる。そういう意味で「サウンドトラック#1」は、率直な性格のウンスが自分の中に込み上げた感情の名前を見つけていくことが主旋律だ。だからこそ、19年来の親友ソヌが兵役に行く夜、ようやくウンスが自身の恋心に気づくシークエンスが感動的だった。

ドラマで着実に実力と認知度を上げ、新たに映画というフィールドに挑戦するハン・ソヒ。日本で2か月続けて『12月の君へ』、『PROJECT Y』というジャンルの異なる2本が公開されるいま、彼女の演技の幅を目の当たりにしながら、スクリーンでの躍動を堪能してほしい。
文/荒井南
