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「僕のようになって欲しくない」フロンターレ愛を貫き、新米コーチとなった安藤駿介が志す指導者像とは

「僕のようになって欲しくない」フロンターレ愛を貫き、新米コーチとなった安藤駿介が志す指導者像とは


 川崎フロンターレでプレーすることに幸せを感じ、こだわり続けたGK安藤駿介が、現役生活にピリオドを打ち、新シーズンからアシスタントGKコーチを務めることになった。川崎の伝統を知る男は今何を感じているのか。インタビューシリーズである(第3回/全4回)。

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 1月6日、2026年の始動日、新米コーチとして昨年までの同僚たちと汗を流す安藤の姿があった。

 もっともその席はもうロッカールームにはない。スタッフルームのデスクが新たな居場所だ。新シーズンの準備を駆け足で進めていくなか、経験のない分野に悪戦苦闘もしていくのだろう。

 改めて安藤はどんな指導者になりたいのか。ひとつの考えとしては「自分のようになって欲しくない」という想いがあるという。

 川崎での通算の出場数は所属16年で「10」。ピッチに立てない葛藤も抱えてきた。ただ、“特殊な人間”とも自己分析する。
「もちろんジレンマと言いますか、これはちょっと自分の弱い部分ではあるんですけど、他の選手たちへのリスペクトは絶対に必要ですが、僕は相手を認め過ぎちゃうところはあったと思います。負けん気というか、コンチクショウという気持ちがないわけじゃないんですけど...。嫉妬心がないんですよ。根底にあるのは『僕は僕だから』という想い。自分は他の人のようにはなれないけど、他の人も僕にはなれないでしょ、と考えていました。

 だから僕はモチベーションっていう言葉はあまり必要ないと思っているんです。いや例えば金額がモチベーションで、良いオファーが来て給料が倍になるということがモチベーションにつながるなら、全然ありだと思いますし、なんならそれが当たり前のような気もします。でも僕は自分のことを理解してくれる人が多くいる環境で、好きなサッカーに携われることが幸せだから、波が少ないんですよね。フロンターレにいられるだけで幸せだったので、沈むこともそんなになかったんです。

 そりゃ僕だってピッチには立ちたいですよ。だからポジションを争ったソンさん(チョン・ソンリョン)らを見て、体形や特長は異なるので、僕は同じようになれないと考え、色々盗ませてもらいながら、自問自答して、自分のスタイルで勝負すべきだとやってきました。ソンさんらの壁は越えられませんでしたが、自分と向き合い、『今日はこれができた』と積み重ねていく日々、そしてフロンターレでの生活はやっぱり楽しかったです。

 一方で、ポジション掴めずに移籍し、新たな挑戦に踏み出す選手は率直に凄いとも思ってきました。違う環境で、自分の地位を確立している選手に対して、僕は尊敬しかないですね。

 だから、自分のことを客観的に見たら特殊だと思いますし、指導者をこれからさせていただくなかで、自分のようにはなって欲しくないという想いはあります。GKとしての考え方、理論はぜひ伝えていきたいですが、やっぱり選手である以上は、試合に出るための選択をどんどんして欲しいですし、そういう指導をすると思います。

 それでも自分みたいにどうしてもフロンターレでやり続けたいという選手がいれば、その選手も全力で支えたい。でもまずはやっぱり試合に出るために努力して、もし壁を超えられなかったら環境を変えてでもやるべきだよね、っていう風にアプローチはしたいです。サッカー界いや、プロのスポーツ界はやはり勝負事ですから。僕はチームの勝利のためにでき得ることをしてきたつもりですが、個人の勝負には勝てなかった。それでも幸せだったのは、僕が特殊な人間だったからで、長い目で見れば良かったと思いますが、若い選手たちには、やっぱり僕のようになって欲しくないと伝えると思います」
「自分のようになって欲しくない」と話す。

 ただ、先輩たちの背中を追い、常に準備を怠らなかった姿は、後進たちの良き道しるべになるに違いない。安藤はプロ17年、どんな時も決して気を抜かず、ベンチ入りを果たせなくても投げやりになるのではなく、何かトラブルがあればすぐにでもメンバーに入れるように常に試合に向けた用具を持ち歩いていた。

 スタンドで、テレビで、チームメイトたちが戦う姿を何年も見続け、それでも自暴自棄にならずに準備をし続ける。まさに尊敬する姿である。

「(昨年のACLで9年ぶりに公式戦のピッチに立ったと話題になったが)自分が努力してきたかどうかは周りに決めてもらうものですが、アクシデントがあった時に自分が元気でいることが大事なのかなと思っています。例えばあのACLの時だって自分が風邪をひいていたり、怪我をしていたら、結局自分にチャンスが巡ってこない。そういう意味では準備を続けてきたことが出場につながり、更に勝ちにつながり、無失点につながった。すべてつながっているんですよね。ありがたいことに僕は身体が丈夫なまま引退でき、ちょっと心残りでもありますが、そういう準備のところは残せたひとつの形かなと思います。

 そこは先輩の背中を見てきました。特に1年目から3年目が大きかったです。それこそ僕がアカデミーから昇格した時は川島永嗣さんが絶対的な守護として所属していましたが、その後、海外移籍し、相澤(貴志/現・福島GKコーチ)さん、杉山(力裕/現・福岡の強化部)さんらが常に準備し、杉山さんは怪我も抱えていましたが、相澤さんがチャンスをものにしている姿を見て、こういう人たちがプロで長くやっていくんだ、急に来たチャンスを掴むんだと学び、僕も若手なりに自分で勉強してきました。その経験が今につながっていますね」
 また安藤は「海外のGKトレーニングの映像などを見るのが好き」と自らの技術力アップにも努めてきた。

 ひとつのクロス対応、失点シーンはなぜ起こったのか。ひとつ一つのプレーについて何時間でも話し合えるほどGKというポジションへの愛着は強く、造形も深い。

 2024年のアジアカップ、当時、日本代表では経験の浅かったGK鈴木艶彩の対応がやり玉に挙げられることが多かったが、「あのクロスの処理にしたって色んな角度から見ることができる。ただ単に批判されるのは同じGKとして可哀そう」と話していたのも安藤らしかった。今後もそうやって温かい目で後進たちのプレーを見ていくのだろう。

 アシスタントGKコーチとして目標にしていることもある。

「指導者として経験がない分、明確にこれとは言えないですけど、自分が指導した選手が年代別やA代表に入ったら嬉しいんでしょうね。ただ、僕もそうだったように一瞬一瞬の喜びは、代表入りとかじゃなくても良いんです。練習のひとつ、公式戦の1試合を取って、その選手のワンプレーワンプレーに成長を感じられたらコーチとして幸せだと思うんです。

 3月には上手くできなかったことが、5月にはできるようになり、7月には完全にマスターしているというような姿を見ることができたら、指導した自分を褒めてあげたい気持ちにもなるでしょうし、選手のことをもっと褒めてあげたい。そこは楽しみですね。

 自分のためにやってきたサッカーを、今度は人のために還元する。そこは未知ですが、イチからしっかり勉強していきたいです」

 安藤がどんな指導者になっていくのか、大いに楽しみである。

第4回に続く。

取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)

【インタビュー・パート1】川崎所属16年で公式戦出場は「10」。それでも愛され続けた安藤駿介が残した偉大な足跡

【インタビュー・パート2】妻、家族に支えられた安藤駿介が川崎で引退を決断した運命的な一日。印象的だったセレモニー後の母の姿

【インタビュー・パート4】「クラブが沈むのはJ2に落ちた時じゃない」「うちのスタッフは日本一働いている」安藤駿介が伝え続ける伝統と疎かにしちゃいけないフロンターレの魂
配信元: SOCCER DIGEST Web

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