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盲目でもスケートボードに乗り続けるには・・・運命の出会いで変わった大内龍成の人生

盲目でもスケートボードに乗り続けるには・・・運命の出会いで変わった大内龍成の人生

目指すのは"障がいのある人"と"健常者"が交わる未来

首都圏へ移住後、大内さんのスケートボード人生は急激に好転していったそう

――その辛い時期を乗り越え、福島から首都圏へ移住した後、生活はどのように変わりましたか?

大内: 埼玉に来たのは進学のためで、何かを求めて来たわけではありませんでした。でも、たまたまスケートボードYouTuber「MDAskater」のチャンネルに出させてもらったことをきっかけに、色々なチャンスをいただけるようになりました。偶然に感じますけど、それも自分がスケートボードに乗り続けていたから偶然が必然になったのかなと。動き続けていると人生ってどんどん変わっていくんだなと実感できて、最近は面白いなって思っています。

――首都圏に移住してメディア露出も増えましたが、ご自身はどう考えていますか?

大内: もっともっと積極的にやっていきたいという気持ちと同時に、見られれば見られるほど身が引き締まる想いです。人を引っ張っていきたいなら、自分がそれなりの器にならないといけない。結局は自分との戦いだなと。でもまだまだ知られていないので、チャンスがあればとにかく前に出たい。今の僕に立ち止まっている余裕はないので、とにかく前へ。動きを止めたら、本当に動けなくなってしまいそうなので。

――その全てのきっかけはダン・マンシーナとの出会いにあると思いますが、彼からはどんな影響を受けましたか?

大内: 彼から受けた一番大きな影響は、シンプルに「お前もスケーターとして活動していいんだ」と、存在を肯定されたことです。「カッコいい!スゴい!」の前に、そう言われた気がして、それがすごく嬉しかった。彼がいなかったら、僕は今何もやっていなかったと思います。だから次は、僕が誰かにそういう影響を与えたい。岡山に同じ病気のアダチケイというブラインドスケーターがいるんですけど、僕が滑り続けることで、彼に刺激を与えられたらなと思っています。

自身の価値を証明してくれたダン・マンシーナの存在。次は自分が誰かにとってそんな存在になりたいと語る大内さん

――昔と今で、周囲からの「まなざし」は変わったと感じますか?

大内: スケートボードを知らない一般の方からも応援してもらえるようになったのは、すごく実感しています。それはやっぱり嬉しいですね。コミュニティのみんなが助けてくれるのはもちろんですが、例えば僕が転んで板が飛んでいった時、子どもたちがさっと拾ってきてくれることがあるんです。その純粋な姿を見た時に、子どものうちから障がいについて知ってもらうことって、すごく大事なんだと気づかされました。滑っている時も、日常生活でも、より良い共生社会に向けたこういう"気づき"を感じる機会が増えました。それは、一般の方のまなざしや接し方に変化が生まれている証拠だと思うので、すごく良い傾向だと感じています。

――今後は、他の障がいのあるスケーターたちと一緒に何かやっていきたいことはありますか?

大内: ブラインドスケーターだけじゃなく、足のないハンドスケーターや、耳が聞こえないデフスケーター、そういう人たちとただ交流するだけじゃなくて、一緒に何かコンテンツを作ってみたいですね。僕たちのやっていることって、見方によっては一種のアートとも言えるんじゃないか。そしてそれは人に勇気や感動を与えるエンターテインメントにもなり得ると思うんです。例えば、障がいを逆手にとったアートの展示をしながら、僕らのデモンストレーションを見せたり、健常者のミニコンテストも開催したり。重要なのは、障がい者だけの世界じゃなくて、健常者も混ざり合う「共生社会」につながるイベントにすることですね。

取材中、大内さんの言葉から溢れ出ていたのはスケートボードへの純粋な愛情だ。「降りなければ、ずっとやれる」。その言葉は、絶望を乗り越えた彼だからこそ重みを持つ。彼の滑りは単なるトリックだけではない。好きなことに人生を懸ける尊さと、どんな状況からでも希望を見出せる人間の強さの証明ではないだろうか。その姿は私たちに一歩踏み出す勇気を与えてくれるはずだ。

PROFILE 大内龍成(おおうち・りゅうせい)
アダプティブスケートボーダー・鍼灸師
2000年生まれ、福島県郡山市出身。進行性の目の病気「網膜色素変性症」により現在までに視界の95%以上を失っている。中学時代にスケートボードと出会うが、病状の進行とともに絶望し、”見えているふり”をする時期も経験。同じく病気のスケーター、ダン・マンシーナの存在に勇気を得て、「降りなければ、ずっとやれる」と本格的にブラインドスケーターとしての活動を再開。現在は鍼灸師として働く傍ら、研ぎ澄まされた感覚と独自のロジックを武器に挑戦を続け、今年8月にスペインで開催された国際大会「オマリスキーニョ」では3位に入賞。自身の経験を通して「共生社会」の実現を目指している。

text & photo by Yoshio Yoshida(Parasapo Lab)

配信元: パラサポWEB

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