
前述の地下鉄脱線事故により、当時高校生だった富久信介さんが犠牲となってから20年が過ぎたある日、毎朝、信介さんと同じ時間、同じ車両で通学し、彼に密かな想いを寄せていたという女性から、一通のラブレターが信介さんのご家族の元に届く。本作はこのエピソードを、『舟を編む』(13)にて史上最年少で第86回アカデミー賞外国語映画部門日本代表作品に選出された石井裕也監督がメガホンをとり、映画化した作品で、綾瀬はるかは“あること”がきっかけで、高校時代に想いを寄せた相手に再びラブレターを書くことになる主人公・寺田ナズナを演じる。

完成報告会には、石井監督と綾瀬はるかに加え、ナズナの学生時代を演じた當真あみ、ナズナが想いを寄せる文武両道で正義感の強い男子高生・富久信介を演じた細田佳央太、不器用ながらもナズナを気に掛ける夫・寺田良一を演じた妻夫木聡が登壇。まずは石井監督が本作の映画化に至るまでの経緯を語る。
「きっかけは2020年に新聞でたまたまこの出来事を紹介する記事を読んだこと。いろんな縁が繋がって、いろんな人が動いて、その結果、今に行き着くという特別な映画になりました。この記事を読んで、僕はすべてのエピソードとか事象が他人事とは思えず、自分事のように感じたんですけど、ひとつだけ、どうしてもわからなかったことがあったんです。それは、“なんで20年後、このタイミングで、この女性はメッセージを送ったのか?”ということ。これがどうしても気になって、その理由を聞いてみたくて、普段そんなことはしないんですけど、間接的にコンタクトを取って女性の方に質問をしたんです。
するとその女性は、言いたくないと。名前も明かせないし、素性も明かしたくない。でもここで、僕の中でその謎に対する興味がさらに深まりまして。この時点で明確に“この出来事を映画にしたい”と思ったんです。それで、その女性に“自分の中にこんなインスピレーションが下りてきているんですけど、これを映画にしてもいいですか?”と伺ったところ、それならどうぞやってくださいとのお返事をいただけて。そこから本格的に、映画化に向けて動き出すことになった感じです」

そうして主人公の寺田ナズナ役でオファーを受けた綾瀬は、脚本に目を通した際、その内容に感動し、思わず泣いてしまったという。「本当にすごく泣きました。実話というのもありますし、そこに描かれているナズナたちの学生時代もすごくキラキラしていて。事故が起きた後の、富久さんがいなくなった後の世界を、この人たちはどうやって生きていくのか…というところは、悲しいんだけど希望ももてると言いますか。すごく泣いたんですけど、それと同時に温かい気持ちになれる、その空気感が素晴らしいなと思い、引き受けさせていただきました」

学生時代の寺田ナズナを演じる當真は、綾瀬と同じキャラクターを“2人1役”で演じるにあたり、あえて違う部分も表現することを意識したと話す。「綾瀬さんが演じられた大人のナズナさんと学生時代のナズナは、パッと見たときに受ける印象がまったく違うなと思っていて。私が演じた学生時代のナズナは引っ込み思案で、自分の気持ちを表に出すことが苦手な女の子なので、違いを意識しつつも、それでも仕草だったり、表情だったりは、大人になったナズナとリンクしている要素を取り入れたりして。そういった部分は石井監督とお話しをしながら作っていきました」

石井監督作品には2度目の出演となる細田は、2度目ゆえに「監督をがっかりさせたくない」というプレッシャーを感じながら役作りに励んだそう。プレッシャーに打ち克つうえで、心の支えになったのはボクシングの練習だったという。「実際に富久さんがボクシングをされていたということで、僕も準備期間に4か月ほど練習をしたんですけど、やればやるほど、富久さんとボクシングの関係性ってすごく重要で。富久さんにとってボクシングは、本当になくてはならないものだったんだなということを強く感じることができました。もちろん、ボクシングの練習をするにあたって大変なことも、難しかったこともいっぱいあったんですけど、そのたびに本当に大勢の方に支えてもらって、何とかまっとうすることができて。それがなかったら現場を逃げ出してたんじゃないかっていうぐらいだったので、今回、富久さんを演じさせていただくにあたって、いちばん自分の中で支えになったのはボクシングでした」

綾瀬とは2008年以来、およそ18年ぶりに共演することになった妻夫木は、劇中で綾瀬が発するオーラに注目してほしいと語る。「綾瀬さんとは、これまで何度かいっしょになる機会がありましたが、まさかこうやって夫婦の役をやることになるなんて、ちょっと不思議な感じでしたね。でも、綾瀬さんってデビュー当時からそうなんですけど、いるだけで周りの人たちを温かくしてくれる雰囲気っていうか、オーラを持った方なんですね。本作ではナズナという役を通して、そのオーラをお届けするといいますか。なかなか表現しにくいんだけど、観ていただければ“これがそのオーラか”と、きっと伝わると思います。石井監督も僕たちも、綾瀬さんにはそうしたオーラを見せてくれることを期待していたし、見事にそれに応えてくれてたので、改めて、本当に素晴らしい女優さんだなと感じました」

それぞれが撮影時の印象的だった出来事などを話す中、最後に綾瀬が「これは富久さんが亡くなられて、悲しかったり悔しかったり、そういったさまざまな感情がある中で、その後に残された方たちが富久さんのことを思うことで、本人には会えないけど繋がっていたり、存在を感じられたり。そういう思いがまたいろんな人に紡がれていって、とても希望のある映画になっていると思います。ラブレターに秘められたその思いが、どんな奇跡を起こしていくのか、ぜひ観ていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします」と締めくくった。
取材・文/ソムタム田井
