
子どもの発熱や大人の頭痛・歯痛など、私たちの暮らしに欠かせないアセトアミノフェン。
しかしアメリカのワシントン大学(UW)で行われた研究によって「妊娠中にアセトアミノフェンを服用した場合、生まれてくる子のADHDリスクが高まるかもしれない」という気になる結果が報告されました。
実際、分析対象となった母子のデータからは、母親の血液中にアセトアミノフェンの痕跡があった場合、子どものADHD診断率が約3倍になる可能性が示唆されています。
「本当にそんな危険性があるの?」「痛みや熱を我慢してもいいの?」――常に愛用してきた薬だからこそ、多くの人が気になるこの話題。
新たな研究結果とその背景をひもとくと、使い方次第でリスクが変わるかもしれない、アセトアミノフェンの意外な一面が見えてきます。
研究内容の詳細は2025年2月6日に『Nature Mental Health』にて発表されました。
※2026年追記:新たに43件の研究を対象としたメタ解析研究により、妊娠中のアセトアミノフェン投与は自閉症、ADHD、または知的障害のリスクを高めないことが確認されました。
Prenatal paracetamol exposure and child neurodevelopment: a systematic review and meta-analysis
目次
- 安全神話の裏側:アセトアミノフェンの真実
- アセトアミノフェンと胎盤の謎
- 薬の選択が未来を変える:今、考えるべきこと
安全神話の裏側:アセトアミノフェンの真実

子どもから大人まで、発熱や頭痛、歯痛などを和らげるために広く使われているアセトアミノフェン(パラセタモール)。
病院で処方されるだけでなく、市販薬としても入手しやすいため、日常生活の中で「手軽に使える鎮痛解熱薬」として定着しています。
また、他の痛み止めに比べて副作用が少なく、妊娠中でも比較的安全とみなされ、世界的に多くの妊婦さんが愛用しているのが現状です。
しかし近年、「妊娠中にアセトアミノフェンを服用すると、生まれてくる子の神経発達、特にADHD(注意欠如・多動症)リスクが上昇するかもしれない」という指摘がいくつもなされるようになりました。
一部の研究では、アセトアミノフェンを妊娠中に使用した母親から生まれた子どもがADHDと診断される割合が高いという結果が報告され、議論を呼んでいます。
その一方で、何十万人もの子どもを対象にした大規模解析では、まったく関連が見られないという結果もあり、科学界の意見は分かれたままです。
これほど結果が食い違う理由のひとつとして、多くの研究が「自己申告」による薬の使用データをもとに解析していることが挙げられます。
人はどうしても忘れや勘違い、あるいは「たくさん薬を飲んでいたかもしれないけれど、思い出せない」といった問題を抱えがちです。
実際、妊娠中にアセトアミノフェンを服用した割合が7%と報告された研究もありますが、他の研究では同時期の妊婦のうち約半数が実際には服用していたとされ、この大きな開きが調査結果の信ぴょう性を揺るがしています。
こうした背景から、近年は自己申告に頼らず、より正確にアセトアミノフェンの曝露量を測定する手法が求められるようになりました。
今回紹介する研究では、その一環として妊娠中期の母親の血液からアセトアミノフェンの「代謝物(マーカー)」を直接検出し、子どものADHDリスクとの関連を調べています。
さらに、胎児と母体をつなぐ“胎盤”の遺伝子発現を詳細に調べることで、リスク上昇の裏にある生物学的メカニズムの手がかりを探ろうとしている点も注目すべきポイントです。
このように、アセトアミノフェンは世界中の妊婦さんや医療従事者にとって「比較的安全な薬」というイメージが広まっていましたが、神経発達障害リスクとの関連をめぐる研究結果はまだ一致していません。
果たして、本当に妊娠中の使用が子どものADHDを増やすのか、それとも別の要因が影響しているのか――。
今回の研究は、その問いに対して新たな光を当てるものとして注目されています。
アセトアミノフェンと胎盤の謎

今回の研究では、まずアメリカ・テネシー州に住む黒人女性307人を対象として、妊娠中期(約22週前後)の血液サンプルを採取し、アセトアミノフェン(パラセタモール)の代謝物がどの程度検出されるかを分析しました。
自己申告ベースではなく血液中の成分を直接測定することで、記憶違いや報告漏れの影響を抑え、妊娠中に実際に薬を服用していたかどうかをより客観的にとらえた点が大きな特徴です。
また、研究チームは生まれた子どもたちが8~10歳になった段階で追跡調査を行い、ADHDの診断や治療薬の服用状況を確認しました。
その結果、母親の血液からアセトアミノフェン代謝物が検出されたグループの子どもは、そうでないグループの子どもと比べてADHDの診断率が約3倍高いことがわかりました。
ここでいう「3倍」という数字は、あくまで観察研究において「リスクの高さが示唆される」レベルであり、アセトアミノフェンが直接ADHDを引き起こす因果関係を証明したわけではありません。
研究チームは母親の年齢やBMI(体格指数)、社会経済的地位、近親者の精神状態などを統計的に調整しても、この関連が顕著に残っていたと報告しています。
一方で、妊娠中期の血液からアセトアミノフェン代謝物が検出された母親は約20%でした。
この検出率が示すのは、「頻繁にアセトアミノフェンを使用していた可能性が高い母親」であるということです。
なぜなら、アセトアミノフェンの体内での半減期は3~4時間程度と比較的短く、一回の服用だけでは検出されにくいからです。
研究者たちは、今回検出されたケースについて「服用頻度が高かったか、直近に服用したか、あるいは両方の条件に当てはまる可能性がある」と推測しています。
さらに、研究チームは307人のうち174人の胎盤組織も入手して詳しい遺伝子発現を調べました。
その結果、アセトアミノフェンが検出された母親の胎盤では免疫系やエネルギー代謝(酸化的リン酸化)にかかわる遺伝子の活動が大きく変化していることが確認されました。
酸化的リン酸化: 細胞のミトコンドリアが酸素を使ってエネルギー(ATP)を産生する主要な仕組みの一つ
動物実験などでも似た変化が報告されており、これらの変化が胎児期の脳発達に影響することでADHDリスクが高まるのではないかと考えられています。
研究者たちは、免疫反応やエネルギー供給を担う重要な遺伝子の乱れが、脳の成長段階における神経発達の障害につながる可能性があるとし、さらに詳しいメカニズム解明に期待を寄せています。

