前回触れたように、81年、85年に続いてオリジナルアルバムのリリースのなかった87年のポールだが、年末に『オール・ザ・ベスト』というベストアルバムがリリースされた。ポールにとっては78年の『ウイングス・グレイテスト』以来のベストだったが、これはタイトルのとおりウイングス名義のため(タイトルに反してソロやポール&リンダ名義の曲が収録されていた)、『オール・ザ・ベスト』はポール名義で初のベストアルバムということになる。
ポール名義初のベスト『オール・ザ・ベスト』

70年代のポールは、ソロ、リンダ&ポール、ウイングス、ポール&ウイングスと作品によって名義を変えているので、多少のねじれ現象は仕方のないことではあるが、ビートルズ解散17年目にして初のソロ名義のベストということに関してはポールも多少の感慨があったのではないかと、今になって思う。それはジャケットからもうかがい知ることができる。
微妙だったデザイン(女神像をスイスのアルプスの雪山に持って行って撮影したというが)『ウイングス・グレイテスト』(封入されていたポスターはうれしかった)に比べると、『オール・ザ・ベスト』はデザインのこだわりを随所に感じさせ、なにより、ジャケットに本人が映っていることがうれしかった。短髪に黒のスーツを合わせた出で立ちが白黒写真とマッチしているほか、久々に登場したリッケンバッカー、ウイングス時代を象徴するベースの登場はたまらないものがあった。ポールのまわりに散っているイラストも気が利いていてかわいいものが多い。
と、ジャケをベタ褒めしたところで恐縮だが、当時のわたしは『オール・ザ・ベスト』の購入を見送っている。87年末の段階ではすでにCDが主流で、プレイヤーを持っていない者には肩身が狭く、お店に行っても疎外感が半端なかったというのがその理由。CDは1枚、アナログでは2枚組でリリースされたのだが、レコードはプレス枚数も少なかったのだろう、あれよあれよという間に、店頭で見かけることがなくなってしまった。
80年代のポールを代表する名バラード誕生

わたしが『オール・ザ・ベスト』を購入したのは、リリースからしばらく経ってからのこと。レコードは中古屋で日本盤のサンプル盤を、CDはプレイヤー購入後にアメリカ盤をタワーレコード渋谷で手に入れた。なぜアメリカ盤なのかというと、このベストはアメリカ盤とイギリス盤では一部収録曲が異なり、初CD化となった「カミング・アップ」のライブバージョンはアメリカ盤にしか入っていなかったからというのがその理由。
レコード・バージョン(シングル「カミング・アップ」のB面に収録)に比べると最後の歓声が早めにフェイドアウトされているのは不満点ではあったが(ポール・マッカートニーというチャントに応えるかたちでポールはケニー・ダルグリッシュと叫んでいるところが秀逸)、CDで聴けたことはうれしく、何度も繰り返し聴いていた。ちなみに日本盤はイギリス盤に準じたものである。
即買いしなかったもうひとつの理由は、アルバムに収録されていた唯一の新曲「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」が先行シングルとしてリリースされていたこともある。このシングルは通常7インチに2種の12インチがリリースされており、この2枚を新宿アルタの5階にあった輸入盤専門店のシスコで購入している。
その前の2枚のシングル「スパイズ・ライク・アス」「プレス」がいずれもビート重視の曲だったに比べると、「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」はポールらしい美しいバラードで、アレンジもドラマチックに仕上げており、80年代のポールを代表する名曲と断言できる。とくにロングバージョンの後半に聞こえるギターソロがお気に入りだった。それゆえ、既発曲ばかりの『オール・ザ・ベスト』に触手が伸びなかったというのが正直なところ。「ワンス・アポン」はビデオクリップも秀逸で、久々にポールのファンでよかったと心から思うのであった。少し経ってからこの曲を含む直近のクリップを集めた『ワンス・アポン・ア・ビデオ』というレーザーディスクシングルがリリースされている。