
米ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)の最新研究で、従業員はある感情を抱くと、労働意欲が低下し、生産性が落ちる可能性が示されました。
その感情とは「周囲から軽んじられた」と感じることです。
職場で何か特別にひどいことをされたわけではない。それでも「軽んじられた」「大事にされていない」と感じた瞬間、人は静かに仕事から距離を取り始めるようです。
研究の詳細は2025年11月4日付で学術誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- たった一枚のカードが労働意欲を変えた
- 「報復」ではなく、「気持ちのズレ」が行動を変える
たった一枚のカードが労働意欲を変えた
研究の舞台となったのは、全米に250以上の店舗を展開する小売チェーンでした。
この企業には、管理職が従業員の誕生日に「カードと小さな贈り物を手渡す」という明確な社内ルールがありました。
目的は、従業員と管理職の個人的な関係を強めることです。
研究チームは、この「誕生日対応」が予定通り行われたかどうかと、その後の従業員の行動データを詳細に分析しました。
すると、意外な結果が浮かび上がります。
誕生日から5日以内にカードと贈り物が渡された場合、従業員の行動に特別な変化は見られませんでした。
ところが、それを過ぎてしまうと、欠勤率が約50%も増加し、1人あたり月に2時間以上、実質的な労働時間が減少していたのです。
重要なのは、これは解雇や減給といった明確な不利益ではなく、カードを渡すのが遅れただけという点です。
それでも従業員は、遅刻が増え、早退し、休憩時間を長く取るようになっていました。
「報復」ではなく、「気持ちのズレ」が行動を変える
この変化は、管理職が意図的に嫌がらせをした結果ではありません。
チームが管理職側に理由を尋ねたところ、ほとんどが「業務や売上対応を優先した結果、後回しになった」と答えています。
つまり、管理職側には悪意がなく、本人たちは「些細な遅れ」と考えていたのです。
しかし、従業員の視点は違いました。
「やるべきことは、カードを渡すだけだった」
そう感じた瞬間、職場への向き合い方が変わってしまったのです。
研究者たちは、この行動変化を「露骨な抗議」ではなく、感情的な反応に基づく静かな調整だと解釈しています。
怒鳴るわけでも、抗議するわけでもない。ただ、仕事へのエネルギーを少しずつ引き下げるのです。
注目すべき点は、贈り物が渡された後には、欠勤率や行動が元の水準に戻ったことです。
つまり、従業員は最初から仕事を放棄したかったわけではありません。
「大切にされていない」という感覚が、労働意欲を一時的に削いでいただけなのです。
この研究は、職場における不適切な扱いは、深刻なハラスメントだけではないことを示しています。
人は尊重されているかどうかを日常のごく小さなやり取りから敏感に読み取っているのです。
働く意欲は、評価よりも「扱われ方」で決まる?
この研究が突きつけるのは、シンプルでありながら重い事実です。
人は給料や評価だけで働いているのではありません。
誕生日を覚えてもらえたか。節目を気にかけてもらえたか。一人の人間として見られていると感じられるか。
こうした「仕事の外側」にある扱いが、職場への信頼感や労働意欲を静かに支えています。
逆に言えば、ほんの小さな軽視が、その土台を崩してしまうこともあるのです。
カードを渡す。声をかける。節目を認める。
それは礼儀であり、同時に職場の生産性を守る行為でもあります。
働く意欲は、命令では生まれません。
「どう扱われたと感じたか」が、その人の行動を決めているのです。
参考文献
When employees feel slighted, they work less, research reveals
https://phys.org/news/2026-01-employees-slighted-reveals.html
元論文
The lower boundary of workplace mistreatment: Do small slights matter?
https://doi.org/10.1073/pnas.2503650122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

