
イスラエルのテルアビブ大学(TAU)で行われた研究によって、「気の持ちようでワクチンがよく効く」という一見あやしいフレーズが、かなり真面目に検証されました。
研究では、健康な大人たちが脳活動をリアルタイムで見せる脳トレを使って、脳の報酬回路(VTA)の活動を自分の力で高める練習を行い、その直後にB型肝炎ワクチンを接種しました。
その結果、脳の報酬領域(VTA)をうまく長時間高められた人ほど、ワクチン後の抗体の増え方が大きいという相関が見つかり、「良いことが起こりそうだ」と前向きに期待する気持ちが、脳を通じて免疫の反応を底上げしている可能性が示されました。
もしこの“期待の脳回路”をうまく使いこなせば、将来、薬やワクチンの効き方を後押しする新しい方法につながるのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年1月19日に『Nature Medicine』にて発表されました。
目次
- 『病は気から』を科学で分解するとどうなるか
- 脳トレとワクチンが出会った日
- 脳トレで治療をブーストする“メンタル補助輪”の可能性
『病は気から』を科学で分解するとどうなるか

「病は気から」ということわざがあります。
ただ風邪をひいたとき、「気合いがあれば治る」と言われると精神論をぶつけられたみたいでモヤモヤする人は多いでしょう。
しかし気持ちが体調に影響を与える現象がさまざまな研究で報告されています。
実際、プラセボ(偽薬)を使用すると病気の症状が一時的に緩和することが知られています。
偽薬でも『効くはず』と思うと症状が良くなる現象です。
痛み止めの実験では、何の成分も入っていない錠剤でも、患者さんが「本物だ」と信じると、本当に痛みが軽くなることが知られています。
このとき脳内の様子を調べると、ドーパミンやオピオイドといった「ごほうび」や「痛みを抑える」成分が動いていることがfMRIやPETで示されてきました。
動物実験ではもっとストレートな結果も出ています。
マウスのごほうびを期待するときに働く報酬領域(VTA)を人工的に刺激すると、細菌感染からの回復が早くなり、肺の腫瘍(がんのもと)の成長が遅くなることが報告されています。
では人間はどうでしょうか?
報酬を司る領域(VTA)の活動を高めることで人間でも免疫機能を高めることができるのでしょうか?
脳トレとワクチンが出会った日

報酬系の働きを自分で高めることで人間もマウスのように免疫力を高められるのか?
答えを得るために研究者たちは実験を行うことにしました。
ただ人間の場合、マウスと違って健康な人に対して頭蓋骨に穴をあけて脳を刺激するわけにはいきません。
そこで研究者たちは被験者たちに自分の脳活動の様子を見せながら、自分の報酬系を活性化させる「脳トレ」を行ってもらいました。
具体的には85人の健康な成人が参加し、脳スキャナーの中で楽しい出来事や将来のワクワクを思い浮かべ、画面に出るスコアとニコニコマークを見ながら、指定された脳の領域(報酬系や対照ネットワーク)をどれだけ光らせられるかをゲーム感覚で競ったのです。
訓練を繰り返す中で多くの参加者は少しずつ「自分のごほうび回路(VTA)を上げるコツ」を学んでいきました。
では肝心の免疫力には変化があったのでしょうか?
研究者たちは、訓練を終えた被験者たちにB型肝炎ワクチンを接種してもらい、接種後2週と4週で抗体が増えたかを計算しました。
すると、報酬領域(VTA)を活性化させる訓練をした被験者グループと、それ以外の脳領域を活性化させる訓練をした被験者グループの「平均値」そのものには大きな違いがありませんでした。
しかし個人レベルでは差がありました。
報酬領域(VTA)を活性化させるのが上手い個人ほど、抗体の増え方が大きいことが統計的に有意な相関として報告されたのです(相関係数は0.31と中程度でした)。
ここで気になるのが、「どんな心の使い方をした人が、報酬領域(VTA)をうまく上げられていたのか」です。
研究チームは、各試行で使われたメンタル戦略を、「ポジティブな期待」「楽しい気分」「愛情」「幸福感」など45の特徴で後からラベリングしました。
その中でも特に注目されたのが、「ポジティブな期待」です。
解析の結果、訓練の初期(2回目のセッション)では、「期待」を使う戦略は報酬領域(VTA)の活動を最初の10秒だけ高めて、すぐにしぼんでしまう“瞬間的な効果”でした。
しかし最終セッションでは状況が逆転し、「期待」を使う戦略ほど、報酬領域の活動が40秒間の試行のあいだ中、じわっと高く維持されるようになっていたのです。
研究者たちは統計的にその他の要因についても分析しましたが、最終的に「報酬領域(VTA)を自分で持続的に高める能力」と「ワクチンに対する抗体応答」のあいだに、ある程度特異的な関連がある可能性が示唆されるとの結論に至りました。

