
日本の名古屋大学(名大)で行われた研究によって、地球に豊富にある鉄と青色LEDの光を組み合わせることで、薬のもとになるような複雑な分子をレアメタルなしに、効率よく作り出す新しい方法が開発されました。
研究チームはこの手法を用いて、アフリカの薬用植物から見つかった「ハイツイアミドA」の世界初となる不斉全合成(右手だけ・左手だけのうち特定の一方だけを選んで作る完全合成)に成功。
しかも反応に必要なキラル配位子の量も従来の3分の1に抑えながら高い収率と選択性を実現しました。
研究内容の詳細は2026年1月8日に『Journal of the American Chemical Society』にて発表されました。
目次
- レアメタル頼みだった有機合成のこれまで
- レアメタル不要、鉄と青い光で世界初の不斉全合成
- 鉄×光で薬づくりはどこまで現実になるのか
レアメタル頼みだった有機合成のこれまで

スマホの電池や自動車のモーター、そして薬づくりまで、私たちの生活は「レアメタル」にずいぶん頼っています。
レアメタルは便利ですが、そもそも埋蔵量が限られていて価格も高く、国や時代によって供給が不安定になりがちです。
実は、薬を作る科学の世界にも似たような課題があります。
これまで新しい医薬品の合成ルートの一部には「ルテニウム」や「イリジウム」といった希少で高価な金属(レアメタル)を触媒として使う例が多くありました。
これらのレアメタルは光を吸収して電子を受け渡しする能力(光触媒活性)が調節しやすく、有機合成で広く活躍してきたのです。
しかしレアメタルは文字通り貴重で高価であり、もっと身近な金属で代用できれば環境面・経済面で大きなメリットがあります。
幸い、地球上に豊富に存在する鉄にも光触媒としての可能性があり、近年その研究が世界的に活発化していました。
「もし、身の回りにいくらでもある鉄で同じようなことができたら、ずいぶん安心なのに」と考えたことがある人もいるかもしれません。
ところが「鉄でレアメタルの代わりをする」試みには大きな壁がありました。
実際、名古屋大学の石原一彰教授らのグループも2023年に鉄(III)光触媒FeX3を用いる立体選択的な反応を世界に先駆けて開発したと報告していますが、このときキラル配位子(光学活性をもたらす特殊な分子)を鉄の3倍量も投入しなければ高い効果が得られない問題があったのです。
まるで「高級スパイス」を贅沢に3倍も入れないと味が整わない料理のように、せっかく鉄を使っても結局コスト高になってしまう状況でした。
そこで今回、研究者たちは鉄と光で難しい反応を起こしつつ、贅沢な材料を減らす方法に挑んだのです。
「鉄×青い光で薬づくり」という夢のレシピは本当に実現するのでしょうか?
レアメタル不要、鉄と青い光で世界初の不斉全合成

鉄と青い光で本当に複雑な分子を作れるのか?
――その疑問に答えるため、鉄のまわりにくっつく“部品”の組み合わせを見直しました。
これまでの方法では、鉄の周りの3つの部品すべてを高価な「右手・左手を選び分ける特別な部品」にしていましたが、今回は「本当に右手・左手を決める役目は1つで足りる」と考え、その1つだけを特別な部品にし、残り2つは安くて普通の部品に置きかえる作戦にしたのです。
実験では、鉄の塩と2種類の銀の塩を溶かして、この新しいタイプの鉄触媒をその場で作り、そこに材料となる分子を加えました。
そしてマイナス40度くらいの低い温度で青色のLEDライトを当てると、鉄が触媒作用を発揮して新しく6個の炭素が輪になったきれいな形の分子ができあがりました。
またこの新しい触媒を使うと、様々な材料の組み合わせから「教科書に出てくる有名な反応では作りにくい、ちょっとずれた形の6個の炭素の輪っか」を、とても効率よく作れることが分かりました。
できあがる量は条件が良いときにはおよそ9割近くに達し、しかも右手と左手のうち、ほとんど片側だけが選ばれるようなきれいな分け方ができていました。
さらに研究者たちは、「この輪っかはいったいどんな順番で出来上がっているのか」を調べるために、反応時間を変えたり、途中で一度止めて中間の生成物を取り出したりする実験も行いました。
短い時間だけ反応させると、まず小さな輪っかができ、それを長く反応させていくと、だんだん目的の6個の炭素の輪っかに変わっていきます。
それなのに、どのタイミングで反応を止めても、右手・左手の比率はほとんど同じままでした。
このことから、いちばん最初に炭素同士がくっつく瞬間に、すでに右手か左手かが決まってしまい、その後の変化は主に“形を整えているだけ”だと考えられます。
こうして手に入れた「少しずれた輪っかの分子」を鍵として、いよいよHeitziamide Aの合成に挑戦しました。
研究者たちは、少し特別なタイプのチャルコンとイソプレンと呼ばれるジエンを出発原料に選び、この新しい触媒反応でHeitziamide Aの骨組みにそのままつながる中間体を、高い右手・左手の選び分けを保ったまま作り出しました。
そこからは、いくつかの段階に分けて少しずつ部品を付け替えたり形を変えたりすることで、最終的なHeitziamide Aの構造に到達しています。
この分子は理論的には8通りもの立体的なバリエーションがありえますが、実際には狙った1種類だけを選び取ることに成功しました。
そのため著者たちは、この成果を「(+)-Heitziamide Aの世界初の不斉全合成」として報告しており、天然物合成の世界でも大きな一歩になっています。

