東日本大震災と原子力災害から15年。
15年という時間は、震災を「過去の出来事」として語れる距離を、私たちに与えました。そんな今、福島の「現在」を、どんな言葉で、誰が、どこへ向けて伝えていくのか。その問いに向き合ったのが、神田外語大学の学生たちでした。
学生たちは福島を訪れ、人の話を聞き、日常に触れながら、自分たちなりの視点で福島を見つめ直しました。そして完成したのが、日本語と英語、二つの言葉でまとめられた「震災復興新聞」です。
この新聞の完成をきっかけに、学生と福島県知事が対話を交わす座談会が予定されています。これは単なるイベント告知ではありません。若い世代が、福島の今をどう受け止め、どんな未来につなげようとしているのか。その背景にある思いや学びに目を向けたくなる取り組みです。
学生が福島と向き合った「震災復興発信プロジェクト」とは

神田外語グループでは、福島県との連携のもと、学生自身が社会課題と向き合い、発信する学びを大切にしてきました。その取り組みの一つが「震災復興発信プロジェクト」です。
このプロジェクトでは、語学力を身につけること自体を目的とするのではなく、言葉を使って何を伝えるのか、どんな相手に届けるのかを重視しています。学生たちは福島県浜通り地域を訪れ、震災や原子力災害からの復興に向き合う人々の声や、地域の日常に触れながら取材を行いました。
教室の中だけでは見えてこない現実に向き合い、自分の言葉で整理し、外へ伝えていく。その一連の経験そのものが学びとなるよう設計されている点が、このプロジェクトの特徴です。福島を「学ぶ対象」としてではなく、「今を生きる場所」として捉え直す姿勢が、学生たちの取材と発信の土台になっています。
この取り組みが大切にしているのは、正解を教え込むことではありません。学生自身が現地で見たものや感じたことをもとに、どう受け止め、どう言葉にするのかを考え続けるプロセスに重きが置かれています。あらかじめ用意された答えに当てはめるのではなく、自分の視点で問いを立てることが求められます。
また、実際に現地へ足を運ぶことにも意味があります。資料や映像だけでは伝わりきらない空気感や距離感に触れることで、出来事は知識ではなく実感として立ち上がってきます。その体験を経て初めて、言葉の選び方や伝え方に対する意識が変わっていくのです。
語学を学ぶことと、社会と向き合うこと。その二つを切り離さず、学生自身が考え、発信する力を育てる。このプロジェクトは、神田外語グループが目指す実践的な学びを象徴する取り組みと言えます。
取材を通して見えてきた、学生たちの福島へのまなざし

プロジェクトに参加した学生たちは、福島を訪れる前、それぞれ異なるイメージを持っていました。ニュースや教科書を通して知っていた震災や原子力災害の記憶はあっても、「今の福島」を具体的に語れる人は多くなかったはずです。
現地での取材を通して学生たちが向き合ったのは、復興という言葉だけでは表しきれない日常の風景でした。地域で暮らす人の声、続いている営み、前を向こうとする姿勢。そうした一つひとつに触れる中で、福島は「過去の出来事」ではなく、「今も続いている場所」として立ち上がってきます。
学生たちは、自分が感じたことをそのまま受け止め、どう伝えるべきかを考えました。何を強調し、何をそのまま残すのか。答えが一つではないからこそ、言葉を選ぶことの重みと責任に向き合う時間になったことがうかがえます。このプロセスそのものが、今回の取り組みの核になっているように感じられます。
取材を進める中で、分かりやすさと正確さの間で迷う場面もあったはずです。伝えたい気持ちが強いほど、言葉は慎重に選ばなければなりません。伝えすぎても、削りすぎても、本来の姿から離れてしまう。そのバランスを考え続けること自体が、学生にとって大きな学びになったと考えられます。
福島をどう描くかは、同時に自分自身の立ち位置を問い直す作業でもあります。外から見ていた場所を、どの距離感で、どんな視点で語るのか。その問いに向き合いながら、学生たちは言葉を積み重ねていきました。完成した新聞の背景には、そうした迷いや思考の時間が確かに流れています。
