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書籍『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』刊行記念! 小川晋(著者)+川原和彦(かわらのジョナサン)対談第1回 「私たちはバンダイといえば『トラック野郎』!」

書籍『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』刊行記念! 小川晋(著者)+川原和彦(かわらのジョナサン)対談第1回 「私たちはバンダイといえば『トラック野郎』!」

トラック野郎研究家として書籍『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』を刊行した小川晋氏と、その盟友として「強行ロケ地調査」を敢行している「かわらのジョナサン」こと川原和彦氏。年令も同じなら、遅れてきた者として『トラック野郎』に注ぐ情熱もひけを取らない2人が、雑誌連載時の「爆走讃歌」から書籍刊行までの道のりを振り返る。『トラック野郎』マニアにもさまざまあれど、資料性を重視する物質主義の先鋭による対談第1回、ぜひご堪能あれ!

『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』
小川晋 著/立東舎 刊
定価3,300円(本体3,000円+税10%)
https://rittorsha.jp/items/25317420.html

あまり知られていなかった(?)連載「爆走讃歌」

川原 「爆走讃歌」の書籍化、本当におめでとうございます! そしてお疲れさまでした。実は私はもともと「爆走讃歌」の連載が始まった頃、掲載誌である『トラック魂』を読んでおらず、「爆走讃歌」の存在をあまり認識しておりませんでした。しかし(菅原)文太さんが亡くなり(2014年11月28日)、桃次郎の特集で初めて『魂』を購入し、「爆走讃歌」を初めて目にしてからは買い続けました。

小川 ありがとうございます。連載から書籍化までの経緯は本書の序文でも記しましたが、今から約10年前の『トラック野郎』Blu-ray BOX発売記念のプロモーションとしてデコトラ雑誌『トラック魂』で「爆走讃歌」の連載が始まりました。『トラック魂』も創刊から間もない頃でしたから、私もどんな『トラック野郎』の企画がファンに関心があるのか、ホントに手探り状態だったんです。そして関係者インタビューの形式が固まり出し、そうなると次々とインタビュイーを見つけないと連載が終わってしまいますから、常にお尻に火が着いている状態でしたよ。

川原 小川さんと知り合ったのもちょうどこの少し前ですよね。

小川 そうか、その頃に川原さんとは知り合ったんでしたね。菅原文太さんが亡くなる約半年前の5月15日に鈴木則文監督が亡くなり、その追悼集会だったかと思います。

川原 そうです、初顔合わせは2014年8月の夏の全国哥麿会・小千谷の時。鈴木監督がこの5月に亡くなられ、その追悼イベントをするということで山形県から駆けつけました。その時、原田大二郎さんやボロボロの一番星号と一緒にいらっしゃったのが小川さん。監督の奥様の代理で来られており、それを見た瞬間「絶対捕まえて話さないと!」と思いました(笑)。もちろん、目標通り話したお陰で現在に至ります。私はよく言っていますが、監督が出会わせてくださった縁なのだろうと。

▲2014年8月の全国哥麿会による鈴木則文監督追悼集会の模様

小川 ああ、小千谷のイベントでしたね。おっしゃる通り、則文監督が巡り合わせてくださったのかもしれません。

川原 そういえば「爆走讃歌」の連載時は、「あの人を取材したら良いんじゃないか」と、2人でよく話していましたよね。私がリクエストし続けていたのが宇崎竜童夫妻でしたから、今回インタビューしていただいたことに感謝しています。

小川 宇崎竜童さん、実は私がムック『トラック野郎大全集』をリリースした2010年の時もインタビューを検討していたのですが、なかなか実現しなかったんです。今回は書籍の出版が決まり、発起人の元東映宣伝部・福永邦昭さんに真っ先に相談して「新規インタビューをぜひ!」ということで。『御意見無用』ご出演時のエピソードはもちろん、楽曲「一番星ブルース」完成までのお話も伺いたいので、阿木燿子さんも! と欲張ったことを申し上げたら、結構早いタイミングで「ブッキングできました」というご連絡をいただき、もう、夢のようでした。

川原 ちなみに今回の書籍については、「はじめに」「トラック野郎の世界へようこそ!」「おわりに」を先に読みました。そして本編は、まず私の大好きな俳優である高月忠さんをはじめに読ませていただき、小川さんにお勧めいただいた小野みゆきさん、黒沢年雄さんは優先的に拝読。黒沢さんは、自分が想像していた感じと全く違いました。撮影時のことを忘れられている俳優さんが多い中、あんなにしっかり語ってくださるとは思いもよらず……。

小川 高月忠さん……この方も『トラック野郎』シリーズには欠かせない方です。この方の声を聞いただけで、テンションが上がりますよね。高月さんだけでなく、清水照夫さん、団巌さん、奈辺悟さん、河合弦司さんなど、トラッカー役の方々にインタビューしたいと思っていたのですが、連載が始まった時点で皆、既にお亡くなりになっていたんですよ。

川原 あと10年早ければ、グループ一番星の面々にもインタビューできていたでしょうね……。

小川 2000年前後であれば、もっともっとスタッフ、キャストの方々の証言を残せたのになーと思います。音楽の木下忠司さんは2007年にリサイタルを名古屋で開催されるということで、追っかけたこともありました。お祝いの花束をお贈りした際、『トラック野郎』の音楽について伺いたい旨の手紙を添えたのですが、何百何千と作曲をされている木下さんですから、後日、「申し訳ない、トラック野郎の音楽についてはほとんど記憶がないのです」と返信のお手紙をいただき、とても残念だった覚えがあります。

川原 もともと連載で発表された方の記事は加筆されているのですか?

小川 基本的に連載分に加筆はしていません。ただ連載時、文字数の関係でエピソードの一部をオミットせざるを得なかった回はそこそこあるんですよ……。

もはやマニア云々の領域ではない

川原 本書に記事が掲載された方で、私が直接お話ししたことのある方は、原田大二郎さん、高月忠さん、梅津昭典さん、吉崎元さん、井上眞介さん、福永邦昭さん、宮﨑靖男さん、中村保次さん。多くはありませんが、これだけの方々に出会わせていただいたのも、小川さんとの縁が大きいです。中でも助監督だった吉崎さんは私の「強行ロケ地調査」(作品ごとの地方ロケ分の現地写真撮影・調査を約1週間で全て完了させる奇行)にもお付き合いいただき、その後も懲りずに参加していただけているのは本当に感謝です。初めてお会いしたのは、高田橋で開催された「関東み組」のイベントの時。初対面にもかかわらず、「ラーメン食べない? ご馳走するよ」と。私は家来になりました(笑)。しかし吉崎さんの私的資料である過去参加作品の台本は、本当にすごいですよね。あのメモにどれだけ助けられたか……。これにより、綺麗な台本より書き込みのある台本の方に価値があるという認識になった次第です。まぁ頭がオカシイといわれる領域かもしれませんが(笑)。

▲チーフ助監督・馬場昭格氏所有の台本より

小川 『爆走一番星』『度胸一番星』「突撃一番星』『故郷特急便』の助監督・吉崎元さん、そして『御意見無用』『天下御免』の助監督・井上眞介さんのお話は興味深いですよね。やはり助監督さんは撮影現場はもちろん、鈴木監督の側近ですから、いろいろなエピソードを体験した方が多いわけです。川原さんとしては、他にどんな方のインタビューを読みたかった、とかはありますでしょうか?

川原 私が読んでみたい(みたかった)方は、坂口松男(ボロ松)・花巻病院医師水谷役で出演された沢竜二さん。由利徹さんも叶わぬ夢ですね。鈴木監督も由利さんにインタビューすると言ったら喜ばれたんじゃないでしょうか。あとは……叶わぬ人ばかりですが岡田茂さんですとか、キンキン(愛川欽也さん)の当時の事務所(株式会社カントリー)の社長だった北本正孟さん、そして笑福亭鶴光師匠、笑福亭鶴瓶師匠、関根勤さんはエンターティナーなので読んでみたいですね。小川さんがインタビューしたかった方も教えていただけますか?

小川 沢竜二さんは新規インタビューの検討リストに入っていましたが、2025年5月に亡くなってしまったんですよね。由利徹さんはホント、インタビューしたかったです。あと、山城新伍さんは2000年前後はまだご健在でした。私が学生時代、映画版『サラリーマン金太郎』(三池崇史監督)で美術小道具のアルバイトをしていた時、新伍さんがゲスト出演されていて、休憩時間に接近することができたんですよ。だけど緊張して何も話せなかった(笑)。

岡田茂さん……そりゃお話ししたかったですよ、東京撮影所長の幸田清さん、専務の鈴木常承さんとくれば、やはりね。そして北本さんは連絡先が全くわからず、そのままになってしまったんです。ジョナサン一家次男・梅津昭典さんの話によると、長男の梅地徳彦さんも株式会社カントリーに一時期在籍していたようですし、もう少し調査をするべきでしたね。

それから最近、編集者からの情報で『熱風5000キロ』の安曇野を演じた工藤堅太郎さんのFacebookでの投稿を確認できました。拝見したところ、「久しぶりに『熱風』を観ました!」と記されていたので、ぜひインタビューしたいですね。あとは、先ほど述べたジョナサン一家長男・梅地徳彦さんですね。

川原 そう来ますと美智子役の白取雅子さん、華子役の菊地優子さんの記事もぜひ欲しいです。幸五郎役の吉崎勝一さんならすぐに可能かもしれませんが、残念ながら全く何も覚えていらっしゃらないでしょう(笑)。他に叶優子さん、亜湖さん、吉川団十郎さん、武士さん……。リストは延々と続きます。

小川 2000年頃、『怪傑ライオン丸』について梅地徳彦さんにインタビューされたことがある特撮研究家・堤哲哉さんとコンタクトをとりましたが、その時点で既に梅地さんとは音信不通になっていたそうです。ジョナサン一家・次男の梅津さんも再会を心待ちにされているので、何とかお会いしたいところです。白取さん、菊地さんも全く情報がないです。

叶優子さん、相川圭子さんといったトルコ嬢役も良いですね。実は則文監督がご健在の頃にも消息を伺っていましたが、結局誰も連絡がつかなかったという経緯があります。

川原 2025年7月の新文芸坐「銀幕を駆ける一番星」にゲストで登壇された、中島ゆたかさんがこんなに早く亡くなられたのは本当にショックでした。

小川 中島ゆたかさん逝去のニュースは早朝のヤフーニュースで見たのですが、言葉にならなかったです。先ほどからお名前が挙がっている、『トラック野郎』シリーズに助監督として就いた吉崎元さんから私のところにメールが入り、「ゆたかさんは新文芸坐の『トラック野郎』上映会にお越しいただきましたが、みなさんにサヨナラを言いに来られたのですね……」というメッセージに、目頭が熱くなりました。

川原 実際にインタビューをされてみて、特に印象に残っている方はどなたでした? もちろん皆さん素晴らしかったと思いますが、その中でも特にという方がいらしたら教えてください。

小川 特に印象的だった方は第1作『御意見無用』で助監督セカンド、最終第10作『故郷特急便』で助監督チーフだった、新井清さんですね。実は時間の関係であまりお話を伺えなかったんです。作品づくりの面で、まだ手さぐり状態だった第1作とシリーズ終焉の第10作に携わった助監督は新井さんだけなんですよ。いずれ必ず再会して、作品が時間と共に変化し、どのような印象もお持ちだったかを改めてお伺いしたいと思っていたのですが、2021年に突然、お亡くなりになってしまって。

川原 なるほど、そうだったんですね。私は「爆走讃歌」に載ったスタッフさんの中でも、先ほどお名前が挙がった井上眞介さんの生の話が楽しくタメになりました。正直、「爆走讃歌」に載ったのは氷山の一角の話だろうというくらい(笑)。井上さんにお会いできたのは、吉崎さんのお陰様々でしたね、本当に。四国(『天下御免』)の調査時に急にお会いできる運びになるとは思いもよりませんでした。ご自宅しっかり覚えていますよ(笑)。ロケ地調査の時間を調整してもお会いできて良かったです。あの楽しい時間を思い出します。

▲『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』より、新井清さんの記事冒頭ページ

小川 井上眞介さんのインタビューは4時間くらい行ったのですが、その後「則文監督へ献杯しよう」ということになり、居酒屋で2時間、その続きを語って下さって(笑)。東京撮影所長の幸田清さんのインタビューも長かったのですが、それ以上ですからね。『天下御免』での闘牛場乱闘アクシデントなど、非常に濃い取材でした。

川原 正直に言って、小川さんのされてきたスタッフさんの解読(テロップに出ていない作品ごとの関係者を見つけていく)や「爆走讃歌」のインタビューはやろうと思ってできるものではないです。もはやマニア云々の領域ではない。だからこそ『50年目の爆走讃歌』を刊行できたわけでしょう。お手製の『新聞資料集』(小川晋氏が全国の新聞(スポーツ紙・地方紙を含む)のトラック野郎に関する記事を集めた私家版資料)にしても、やる気があればやってできないことはないかもしれませんが……並大抵の労力ではない。普通じゃ絶対に途中で諦めます。私も『新聞資料集』の地方紙分に載せたロケ地案内図で協力させていただきましたが、あれも良い想い出です。

▲新聞5大紙と全国のスポーツ紙に掲載された関連記事と各作の広告を網羅した『トラック野郎 新聞資料集』全7冊と、日本全国の地方紙に掲載された関連記事を地域ごとに纏めた『トラック野郎 新聞資料集 日本縦断』全7冊。知人のマニアのみに配布されたが、近いうちに国立映画アーカイブ図書室にも納められる予定だという

配信元: ガジェット通信

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